七転び七起き
人生 ゆるーり がんばるくらいで ちょうどいいっしょ
石見銀山その肆 間歩と製錬所跡
間が空いてしまいましたが、タイトルどおり石見銀山の続きです

石見銀山には600以上もの間歩(鉱山の掘り口)があると書きましたが
唯一、常時公開されている間歩があります

それが「龍源寺間歩」、ここは通り抜けできるんです

290519 龍源寺間歩1

正徳5年の開発、江戸時代の開掘の長さは600mに及んでいたとか
そのうち一般に公開されているのは新坑道含んだ273m

290519 龍源寺間歩2

大久保間歩についでの大坑道で良質の銀鉱石が多く掘り出されたんだそうです
脇の坑道もたくさん、当時のノミの跡がそのまま残っていたりもしました

290519 龍源寺間歩3

閉山したのは昭和18年といわれていて、228年間も間歩の開発が行われました


290519 龍源寺間歩4

坑道の奥では換気が悪く、粉じんを肺に吸入してしまうからか
30歳まで生きることが珍しく、30歳になると長寿のお祝いをしたと聞きました

290519 龍源寺間歩5

ところどころに現在地が示されています

290519 龍源寺間歩6

あ、頭に気を付けないと!それ以上に・・・・(笑)

290519 龍源寺間歩7

旧坑道の最後にはこんな柱がありました
下唇を突き出して泣いているように見えます

290519 龍源寺間歩8

ここからは新しく開削した栃細谷新抗(とちばたけしんこう)を通って出口に向かいます
自転車置き場に戻ってみると、あらま~かなりの人、きれいにチャリが並べられていました

290519 龍源寺間歩9

それから真っすぐ戻るのは普通の人
熟年ふたりは「清水谷製錬所跡」に寄るのだーー(^O^)/

290519 清水谷製錬所跡1

明治時代の石見銀山は一部の既存の間歩を利用して
地元の人たちによる小規模な採掘がかろうじて続いていたようです

290519 清水谷製錬所跡2

明治19年には大阪の藤田組が、仙山(せんのやま)の福石鉱床の金銀含有率と量に着目
現在価格にして約20億円に上る巨額の設備投資をし近代的な製錬所を建設しました

290519 清水谷製錬所跡3

酸やアルカリ溶液でいったん、鉱石から銀を溶かした後に
銀を取り出す収銀湿式製錬という最新式の技術が投入され、明治28年4月に操業開始

290519 清水谷製錬所跡4

しかし鉱石の品質が予想以上に悪く不採算となり、わずか1年半で操業を停止しました
藤田組は、鉱業の主軸を仁摩町大国の永久製錬所での銅生産に切り替えたそうです

290519 清水谷製錬所跡5

これが最新式のなんちゃら?どれどれ・・・

290519 清水谷製錬所跡6

近くまで行きたいけど、ロープが張ってあって行けないし・・
う~~~む、よ~わからんな~(*´Д`)

290519 清水谷製錬所跡7

斜面に八段の石垣、道がジグザグジグザグ

290519 清水谷製錬所跡8

ここに製錬所があったのね~

290519 清水谷製錬所跡9

ここだけ見ると、まるでお城(*'ω'*)

290519 清水谷製錬所跡10

草だらけ・・・もう少し石垣が見えてるとよかったな~

290519 清水谷製錬所跡11

「帰りは電動自転車の電源オフにしてもスピード出るよ」
レンタサイクルのおっちゃんの言う通り、快適に帰れました♪

290519 清水谷製錬所跡12










<龍源寺間歩>
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