七転び七起き
人生 ゆるーり がんばるくらいで ちょうどいいっしょ
「旧海軍司令部壕」で黙祷してきました
今日、終戦から70回目を迎えました
日本は悲しい経験をしてきた国です

戦争を知らない世代が8割を超えている昨今、今後どのように伝えられていくべきか
自分たちだって祖父母や父母から聞いた話は漠然としたもので・・・

今の日本の平和な生活にどっぷり浸かっている人間が
戦争の心底の悲惨さを理解するのは難しいところがあるのかも

そこで、とっちんは先月八重山旅行の終わりにらぼっちを送り
ひとりで行こうとしたところが「旧海軍司令部壕」です

八重山旅行の最後の島巡り、竹富島はちょっと置いといて
今日は終戦記念日ということで、この記事を書きます

今回もどこぞの城(ぐすく)に行こうかとも思ったのですが
戦後70年の節目ということで、ここしかないと決めた次第です

270721 旧海軍壕2

あるところで早朝散歩を終え何を考えていたのか、というかよせばいいのに
バスで目的地に迎うべく、30分ほどかけてバスターミナルまで歩いたとっちん

ちゃんとネットで、すぐ近くまで行く路線バスも調べたもんね
途中のコンビニで朝食も調達、バスを待つ間に食べて準備万端(*^^)v

270721 旧海軍壕3

はいはいやっと来た15分遅れのバス、忘れもしない「55」番
行き先もちゃんと確認、よ~し間違いないとバスの中へ、乗ったのはとっちんひとり

すぐに出発、そっかそっかしばらくは街中を走るのね
見覚えのある道をバスは進む、進む、走る

あれ?さっき歩いてきた道を走っている、ずっと・・・
いつ街中を外れて南へ向かうの?(@_@;)

あらっら~、歩き始めたところもとっくに通りすぎちゃった
え、これはもしかして反対方向に走っている?(;一_一)

270721 旧海軍壕4

そう気づいたところで慌ててバスを降りました
なんで?行き先は合っているのにどうして反対方向にくの?

ここはどこ?ワタシはだれ?(笑)
いやいやそんな余裕はなかったのです

マズイと思ったとっちんは道路の反対側にあるバス停へ
とにかくまたバスターミナルまで戻らないと・・・

時刻表にはバスターミナル行きは後7分で来る予定、だったら待ちますよね
でも10分経っても来ない、15分経っても来ない、20分近く待っても来なかった

やれやれ、と思いながら次のバス停まで行こうと歩き始めて数十メートル
後ろから来たバスは待っていた停留所を通過して、とっちんまでも追い抜かしていった

げげげ、そんなーーーー\(◎o◎)/!
いくら朝の通勤ラッシュにしても沖縄のバスって時間に遅れ過ぎじゃ

270721 旧海軍壕1

で、2つくらいの停留所を歩いて、今度は意地でもそこで待つことに(^_^;)
待ち時間はやっぱり10分くらい、ん?ちょっと待てよ・・・

時はすでに過ぎているけど、8分くらい前の便がまだ来てないかも
うひひ、同じヘマはしないもんね~(^J^)

で、案の定5分くらいで前の便がやってきた、しめしめ・・・じゃね~よ
歩いたぶん、方向違いのぶん、戻るぶん、時間もかかったしお金も浪費しちゃった(>_<)

間違った根本はバスターミナルが工事中で、暫定の乗り場が他にもあったこと
でもね、行き先はちゃんと表示して欲しいよね

なので次のバスでは「、〇〇団地に行きますか?」と乗るときに聞きました
本来なら15分のところを1時間半以上も遅れて、やっと「旧海軍司令部壕」がある公園に到着

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慰霊塔の前で一礼しました
雨が降ってきたけど、資料館から入る壕の中なので大丈夫

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ここは昭和19年(1944年)日本海軍設営隊(山根部隊)によって掘られた司令部壕
当時は450mあったと言われている壕は昭和45年、司令官室を中心に300mが復元されたようです

すべて「人の手」で、カマボコ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固められた壕
米軍の艦砲射撃に耐え、持久戦を続けるための地下陣地に4000人の兵士が収容されていたとか

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壕の入口、千羽鶴がたくさん

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30mほどある105段の階段を降ります
なんか潜るのが怖い感じが・・

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迷子になるんじゃないかと不安だったけど
ちゃんと順路が表示してありました

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ここは「作戦室」

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狭いところで練っていたんですね

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当時のままのものも残してあります

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ここは「幕僚室」

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司令官室・作戦室に近いこの部屋には
幕僚が自決した時の手榴弾の破片跡が当時のまま、くっきりと残っているんです

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う、背中が・・・合掌

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「暗号室」
それぞれの部屋の形も大きさも違っています

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「医療室」
この部屋を中心として多くの負傷兵がいたということから、医療室となっているようです

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こんなに人が入るのかというほど狭いです

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「発電室」
ここにも当時のものが・・

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もはやどこを歩いているのか、わかりません

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「下士官兵員室」
玉砕の近い6月ごろ、兵士たちは立ったままで睡眠や休息を取ったといわれています

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当時使われていた国頭方面の琉球松が残っていました

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出口と書いてありましたが
ここから兵士は武器らしい武器も持たず、ここから出撃

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二度と帰ってこない「出口」
胸が痛い・・・

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「司令官室」
「沖縄県民かく戦えり」と海軍最先任者として大田実司令官が電文を打った場所

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米軍上陸時に約1万人の部隊を率いて沖縄本島小禄半島での戦闘を指揮した大田司令官
うっ、また背中が・・

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昭和20年6月13日のことです
ああ、合掌・・・

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『大君の御はたのもとに死してこそ人と生まれし甲斐ぞありけり』 ・・・・・なんと・・・

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沖縄戦の資料、人はあまり立ち止まらず(>_<)

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こういった壕がこのあたりにはたくさん存在していたんだとか
とっちんは、生きてこの壕を出ることができます

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戦争に命をかけるなんて・・・

戦争は決してあってはならないこと、どんな命も無駄にしてはいけません
今の平和な日本はこういった悲惨な歴史を乗り越えて築かれてきたものだと思います

人は考えられる生き物のはず
何が尊いか、人間として本来の生き方を全うしたくないですか?

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<旧海軍司令部壕>
[アクセス] 地図はコチラ



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テーマ:沖縄 - ジャンル:地域情報

コメント
プロローグ、笑える^^
本編、考えさせられる・・・
2015/08/16(日) 08:22:48 | URL | らぼっち | [ 編集 ]
  「背中が〜」
  
  国と国民の位置関係を考えさせられますね
  
2015/08/16(日) 08:50:31 | URL | 小さな魔法使い | [ 編集 ]
私も昔 反対方向のバス停で乗って駅に向かうはずが全然違う場所に着いて???になった事があります
知らない土地でのバスって結構難しい
乗る時に運転手さんに行きますか?って聞くのが一番よね

何がいけないのか不正な投稿と判断されちゃった^^;
戦争して良い事はないよねって書いたんだんだけど
2015/08/16(日) 23:31:04 | URL | KIKO | [ 編集 ]
らぼっちへ

笑いごとじゃない!マジで焦ったんだから・・・
沖縄の歴史も凄まじいものだったと改めて感じたよ
2015/08/18(火) 00:58:40 | URL | とっちん | [ 編集 ]
小さな魔法使いさんへ

まさか連れては・・・・(^_^;)

時代と言ってしまえばおしまいですが
現代に生きる者としては過去の辛い戦争を忘れることなく
平和の尊さを、命の尊さを、伝えていかなくてはならないのだと思います。
2015/08/18(火) 01:03:45 | URL | とっちん | [ 編集 ]
KIKOさんへ

そうそう、運転手さんに聞くのが一番
ネットで調べたから大丈夫は、大丈夫じゃない(笑)
たまたま歩いた道だったからわかったんだけど
知らなければ終点まで行ってたかも(^_^;)

なんの利も生まない戦争はしてはいけないこと
日本人はいちばんわかっている民だと思うんですけどね。
2015/08/18(火) 01:10:31 | URL | とっちん | [ 編集 ]



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