いよいよ2010年も残すところあと一日♪
1年の時が過ぎ去るのがなんと早いことか
その分、熟年夫婦の皺と白髪が確実に増えたことだけは確かです
後ろで、とっちんがらぼっちだけと吠えていますが、んなことはないはず^^
二人でようやく半人前の熟年ブログですが、お陰様で今年も毎日更新することができました
これも偏に毎日覗いては応援ポチや足跡を残して下さる皆様のおかげです
らぼっち&とっちん&ラボより、心をこめまして本当にありがとうございました^^
そんな、毎週末の出来事を綴った熟年のマニアック記事の中から
二人が感動し、テンション上がりまくり、感嘆の声をあげ、そして涙したものを選んでみました
名付けて、「2010年熟年夫婦の心に響いたベスト10」
そのままやん!
<第10位> 不動岩
意外な絶景の場所だということで入選
最初ここは絶景と言うよりは、遠くから眺めるか、見上げるものとばかりと思っていました
ライダーのおっちゃんが教えてくれなければ、たぶん上ってはいなかったでしょう
昔の修行僧もこの固い岩の上で同じ景色を見ていたのかな
「人に教えたくない地域スポット」にも入ったお薦めの絶景ポイントです♪
<第9位> 左右知のイチイガシ
清川が自慢する二つの日本一のうちの一つ
この木は幹周りが日本一といいながらも決して大きさに驚きはありません
特筆すべきは、この樹齢千年の木が醸し出す妖艶な空気とでもいいましょうか
何か近づいてはいけないような神々しさを感じるんです
ベスト10を選考するにあたり二人して「ほら、あれあれ」と名前は出てきませんでしたが
頭に浮かんでいたのは同じものでした^^
また、カーナビのいい加減さにも翻弄された思い出深い場所でもあります
<第8位> 馬門橋
石橋部門からも当然入選作はありますよ
この馬門橋は肥後にありながら備前の石工が架けたという珍しい石橋です
国道218号線すぐ横なので、車を止めるスペースもありません
見たいという強い意志と農道に停めちゃえという図々しさがないと見学できません
しかし、ここも苔むしてて漂う空気が違いました
新旧二層の石組みといい、小さな滝の音もまたよし
一見の価値ありです♪
雄亀滝橋とどっちにしようか悩んだことを付け加えておきます
<第7位> 出水麓武家屋敷竹添邸
武家屋敷や商家の町屋敷、今年はこのカテゴリーもたくさん見て回り
無知な二人にボランティアの方々が優しく丁寧に解説して下さいました
その中から一つを取り上げるのは難しいのですが
二人で出した結論は出水市の武家屋敷の一つ「竹添邸」です
何の変哲もない少し位の高い武家屋敷なんですが、造りの一つ一つ、全てに意味があり
そして遊び心があることを教えていただきました
欄間の影絵は二人して、うぉーと思わず感嘆の声を上げてしまいました
布団の中から、ゆらゆらゆれるろうそくの明かりで映す影絵を眺めていたら
すぐに眠りの世界に誘われるのは間違いないでしょう
武家屋敷の間の雨に濡れた道もなんとも風情がありました
<第6位> 大久保の大ヒノキ
巨樹の会会長(勝手に言っているだけですからお間違えの無きよう^^)としては
今年も巨樹、巨木をたくさん見てきましたが
このヒノキを見たとき、そのスケールの大きさと野性味溢れる様に声を失いました
大きなたくさんの枝がまるで天にかざすたくさんの手のように感じられ女優と表してみました
熊本県ではないのがちょっと残念ですが、りっぱな国指定天然記念物です
手のじ夫婦と行った椎葉ミステリーツアーの時に出会った感動でした♪
<第5位> 白嶽山頂
上天草市の八代海に沿ってせり立った稜線を観海アルプスと言いますが、思わず出合ったその場所の一つ
高い所って決して好きなわけではありませんが、なんとなく吸い寄せられるように上ってしまう二人です^^
この日も白嶽巨石群を見学していたら、この場所にたどり着きました
腰が引けていつもらぼっちの服を引っ張っているとっちんが
写真を撮りまくっていましたから感動もひとしおだったのでしょう^^
<第4位> うそぐいの滝
今年のお出かけ記事でやはりこれは外せないでしょう
今までで一番危険を伴い、今までで一番疲れ果て、でもその先にはてっぱんですが、感動が待っていました
幻と言われたうそぐいの滝は、切り立った岸壁の割れ目から
突然大量の水が轟音とともに勢いよく流れだしていました
その勇姿と紅葉のコラボは一生忘れることはないでしょう
でも二度とは行かないかな^^
<第3位> 小手川商店のごま豆腐
だいたいがグルメブログではありませんが
たまに肥後味趣乱なんてランク付けもやっているので、今年食べた中で一番旨かったもの
二人して文句なし、臼杵市は小手川商店のごま豆腐です
あの口の中に入れた時のねっとり感、絶妙な味わい、食べた人しか分からない
手のじの二人もお気に入りだったので、間違いござりません
それと味噌ソフト、これまたソフトクリームの甘さと塩加減、そして味噌の風味が絶妙
ひょっとこ二人が店前でサクラのごとく美味いと何度も叫んだ一品でした
絶妙としか表現し切れないボキャ貧が情けない^^;
<第2位> 柞原八幡宮
今年の5月に大分に行ったとき、こちらだけは何としても行きたいと思った場所です
樹齢3千年といわれる国指定の天然記念物の大樟、見事な楼門の彫り物
参道と連なる石段の趣き、そして扇石という忘れ物
マニアックな神社らーが由緒正しき神社を選定してしまいましたがお許しあれ^^
ほんとは高千穂の下野八幡大神社と巨樹群も捨てがたかったんだよね♪
<第1位> 口蹄疫支援作業体験? 、?
今年宮崎県の畜産業界を襲った大きな悲劇
6月、その一端を現地で見てきたことをレポートさせていただきました
その現場で繰り広げられていた現実は、悲惨、凄惨といった安易な言葉では語ることができないものでした
あれから半年、「がんばれ宮崎」、「がんばれ川南」の掛け声のもと
復興のきざしと元気を取り戻しつつあるようですね^^
しかし、人の記憶はかくも薄れゆくものなのでしょうか
自分の中の脳に一生留めておかなくてはならないあの光景が日々欠けてこぼれ落ちていくような気がする
繰り返してはならない、二度とあってはならないという思いに
二人の気持ちは即、「第1位にしよう」と決まりました
こうやって、振り返ってみると熊本県内のネタは4つしかない
最近は熟年が熊本県内から飛び出して、他県を荒らし回っているというのも大きな理由でしょうか^^
とりあえず、いろんなものを見て、聞いて、学習して、忘れた、2010年でした^^
来年はうさぎ年、跳ね飛ぶ元気はありませんが
せめて耳を高くして世間の流れには乗り遅れないようにしたいと思います
そうそう、来年からはカレンダーどおり週末くらいはブログも休もうかと、とっちんと話しているところです
なんて言いつつも、毎日あっぷになるかもしれないんですけどね^^
とりあえず、明日はお休みです
来年も熟年夫婦を優しく見守ってください
このブログを覗いてくださった皆様が
より良き年を迎えることができますよう心からお祈り申し上げます
1年の時が過ぎ去るのがなんと早いことか
その分、熟年夫婦の皺と白髪が確実に増えたことだけは確かです
後ろで、とっちんがらぼっちだけと吠えていますが、んなことはないはず^^
二人でようやく半人前の熟年ブログですが、お陰様で今年も毎日更新することができました
これも偏に毎日覗いては応援ポチや足跡を残して下さる皆様のおかげです
らぼっち&とっちん&ラボより、心をこめまして本当にありがとうございました^^

そんな、毎週末の出来事を綴った熟年のマニアック記事の中から
二人が感動し、テンション上がりまくり、感嘆の声をあげ、そして涙したものを選んでみました
名付けて、「2010年熟年夫婦の心に響いたベスト10」
そのままやん!
<第10位> 不動岩
意外な絶景の場所だということで入選
最初ここは絶景と言うよりは、遠くから眺めるか、見上げるものとばかりと思っていました
ライダーのおっちゃんが教えてくれなければ、たぶん上ってはいなかったでしょう
昔の修行僧もこの固い岩の上で同じ景色を見ていたのかな
「人に教えたくない地域スポット」にも入ったお薦めの絶景ポイントです♪
<第9位> 左右知のイチイガシ
清川が自慢する二つの日本一のうちの一つ
この木は幹周りが日本一といいながらも決して大きさに驚きはありません
特筆すべきは、この樹齢千年の木が醸し出す妖艶な空気とでもいいましょうか
何か近づいてはいけないような神々しさを感じるんです
ベスト10を選考するにあたり二人して「ほら、あれあれ」と名前は出てきませんでしたが
頭に浮かんでいたのは同じものでした^^
また、カーナビのいい加減さにも翻弄された思い出深い場所でもあります
<第8位> 馬門橋
石橋部門からも当然入選作はありますよ
この馬門橋は肥後にありながら備前の石工が架けたという珍しい石橋です
国道218号線すぐ横なので、車を止めるスペースもありません
見たいという強い意志と農道に停めちゃえという図々しさがないと見学できません
しかし、ここも苔むしてて漂う空気が違いました
新旧二層の石組みといい、小さな滝の音もまたよし
一見の価値ありです♪
雄亀滝橋とどっちにしようか悩んだことを付け加えておきます
<第7位> 出水麓武家屋敷竹添邸
武家屋敷や商家の町屋敷、今年はこのカテゴリーもたくさん見て回り
無知な二人にボランティアの方々が優しく丁寧に解説して下さいました
その中から一つを取り上げるのは難しいのですが
二人で出した結論は出水市の武家屋敷の一つ「竹添邸」です
何の変哲もない少し位の高い武家屋敷なんですが、造りの一つ一つ、全てに意味があり
そして遊び心があることを教えていただきました
欄間の影絵は二人して、うぉーと思わず感嘆の声を上げてしまいました
布団の中から、ゆらゆらゆれるろうそくの明かりで映す影絵を眺めていたら
すぐに眠りの世界に誘われるのは間違いないでしょう
武家屋敷の間の雨に濡れた道もなんとも風情がありました
<第6位> 大久保の大ヒノキ
巨樹の会会長(勝手に言っているだけですからお間違えの無きよう^^)としては
今年も巨樹、巨木をたくさん見てきましたが
このヒノキを見たとき、そのスケールの大きさと野性味溢れる様に声を失いました
大きなたくさんの枝がまるで天にかざすたくさんの手のように感じられ女優と表してみました
熊本県ではないのがちょっと残念ですが、りっぱな国指定天然記念物です
手のじ夫婦と行った椎葉ミステリーツアーの時に出会った感動でした♪
<第5位> 白嶽山頂
上天草市の八代海に沿ってせり立った稜線を観海アルプスと言いますが、思わず出合ったその場所の一つ
高い所って決して好きなわけではありませんが、なんとなく吸い寄せられるように上ってしまう二人です^^
この日も白嶽巨石群を見学していたら、この場所にたどり着きました
腰が引けていつもらぼっちの服を引っ張っているとっちんが
写真を撮りまくっていましたから感動もひとしおだったのでしょう^^
<第4位> うそぐいの滝
今年のお出かけ記事でやはりこれは外せないでしょう
今までで一番危険を伴い、今までで一番疲れ果て、でもその先にはてっぱんですが、感動が待っていました
幻と言われたうそぐいの滝は、切り立った岸壁の割れ目から
突然大量の水が轟音とともに勢いよく流れだしていました
その勇姿と紅葉のコラボは一生忘れることはないでしょう
でも二度とは行かないかな^^
<第3位> 小手川商店のごま豆腐
だいたいがグルメブログではありませんが
たまに肥後味趣乱なんてランク付けもやっているので、今年食べた中で一番旨かったもの
二人して文句なし、臼杵市は小手川商店のごま豆腐です
あの口の中に入れた時のねっとり感、絶妙な味わい、食べた人しか分からない
手のじの二人もお気に入りだったので、間違いござりません
それと味噌ソフト、これまたソフトクリームの甘さと塩加減、そして味噌の風味が絶妙
ひょっとこ二人が店前でサクラのごとく美味いと何度も叫んだ一品でした
絶妙としか表現し切れないボキャ貧が情けない^^;
<第2位> 柞原八幡宮
今年の5月に大分に行ったとき、こちらだけは何としても行きたいと思った場所です
樹齢3千年といわれる国指定の天然記念物の大樟、見事な楼門の彫り物
参道と連なる石段の趣き、そして扇石という忘れ物
マニアックな神社らーが由緒正しき神社を選定してしまいましたがお許しあれ^^
ほんとは高千穂の下野八幡大神社と巨樹群も捨てがたかったんだよね♪
<第1位> 口蹄疫支援作業体験? 、?
今年宮崎県の畜産業界を襲った大きな悲劇
6月、その一端を現地で見てきたことをレポートさせていただきました
その現場で繰り広げられていた現実は、悲惨、凄惨といった安易な言葉では語ることができないものでした
あれから半年、「がんばれ宮崎」、「がんばれ川南」の掛け声のもと
復興のきざしと元気を取り戻しつつあるようですね^^
しかし、人の記憶はかくも薄れゆくものなのでしょうか
自分の中の脳に一生留めておかなくてはならないあの光景が日々欠けてこぼれ落ちていくような気がする
繰り返してはならない、二度とあってはならないという思いに
二人の気持ちは即、「第1位にしよう」と決まりました
こうやって、振り返ってみると熊本県内のネタは4つしかない
最近は熟年が熊本県内から飛び出して、他県を荒らし回っているというのも大きな理由でしょうか^^
とりあえず、いろんなものを見て、聞いて、学習して、忘れた、2010年でした^^
来年はうさぎ年、跳ね飛ぶ元気はありませんが
せめて耳を高くして世間の流れには乗り遅れないようにしたいと思います
そうそう、来年からはカレンダーどおり週末くらいはブログも休もうかと、とっちんと話しているところです
なんて言いつつも、毎日あっぷになるかもしれないんですけどね^^
とりあえず、明日はお休みです
来年も熟年夫婦を優しく見守ってください
このブログを覗いてくださった皆様が
より良き年を迎えることができますよう心からお祈り申し上げます
今日、長男が帰省しました、堂島ロールを持って♪
メールで依頼したら行列次第と言ってたので期待半分でしたが、すんなり買えたとの返事
よっしゃ?、初のご対面♪
さっそく年末年始のカロリー増量との戦いが始まったぞ!
たぶん、大敗しますけど^^
本物はこのシートからまず違うのね

こうやって立てて頂く至福の時よ♪

ロールケーキ研究家?の熟年としては人気の理由がわかった気がします
生地はすごくきめ細か、だけど意外としっかりしてる
クリームは生乳の旨さを前面に出しながら軽い、そしてほのかな甘さ♪
山都ロールとはちょっと違う上品なロール♪
でも完璧な山都ロールだったら負けてないぞ、とも思ったのでした^^v
さて、じじばば杵築旅行の続きですよ^^
杵築城下町を満喫した後、国東旅行の最後に訪れたのは日出町です
日出町には、日本一と言われる三つの自慢があるそうなんですが、ご存知ですか?
まず一つ目は天下の珍味「城下かれい」ですよねー!
でも、これは未だ熟年は食したことがございません
なかなか手が届かないシロモノですわ^^;
今回はそーじゃなくてタダで見れるものに食いついたんでござんす^^
交通事情上、三つ目に先に行くことにしました
それは中学校の校庭にあるということでした
日曜日なので休みだろうと何の遠慮もなく車でどーどーと入って行けました
あり、門というものがあったかいな?
先生らしき人影も見えましたが、気にされる様子もありません
迷うことなく中庭のそれにたどり着きました
これが樹齢400年以上と言われる日本一の大サザンカです♪
今が盛りと咲き誇っていました
直ちに車から降りたのは父ととっちん
車から見えたのでもういいと言うばば二人を置いてらぼっちも追いかけます
花びらの先端が紅色を帯びていると書いてありますが、全くの真っ白でした
しかし、日本一なのに県の天然記念物なの?
う?ん、サザンカじゃ駄目なのかな^^;
なんか花びらが細い気がするけど、こんなもん?
父はまたまたEOSを片手にあっちからパチリ、こっちからパチリ^^
樹木医ともなると興味津々なんでしょうね
花盛りの時季に来れてよかった?
幹はさすがに太く400年の歴史を感じさせてくれます
ここ日出中学校や隣の日出小学校は「日出城」があった場所
次に向かう車の中から横目に何やら見えましたが、もうみんなお疲れの様子
後ろ髪を引かれつつ、また来ようと思う熟年でした
それから最終目的地の「松屋寺」(しょうおくじ)に到着です
門を入る前からうろうろと散歩しているような人がひとり
なんと実はこの「松屋寺」の和尚様でした
そして、「しょうおくじ」という呼び名もここで初めて知りました
普通は「まつやじ」と言ってしまいますよね^^;
それに300円の拝観料が必要だったとは、下調べが足りず最後になってガビ?ン!
せっかく来たのだからそりゃ入りますよ、当然です^^
門の横にある受付所で和尚さんに料金を払います
わお、庭が広いですね?
こちらは日出藩木下家の菩提寺だったんですね
初代藩主、延俊侯が祖母朝日の方(北政所ねねの実母)の法名(康徳寺殿松屋妙貞大姉)を
そのまま山号寺号にとりいれ、康徳山松屋寺と名付けました
へっ?さっきの和尚さん説明のために後から小走りでやってこられましたよ
そして出た!!大蘇鉄!!
本堂の前にどど?んと立っておりました
樹齢推定700年ということで以前行った玉名の大蘇鉄と張り合っているとか
玉名の方は昭和9年、こちらは大正13年に国の天然記念物に指定されています
大友宗麟が南蛮貿易の際に取り寄せ、府内城にあったものを
2代藩主俊治侯が移し植えたとされ、この寺に移植されてからも約350年が経過
江戸時代から日本一の蘇鉄として知られています
和尚さんが細かくいろいろと教えてくださったのは
蘇鉄の雌雄の別とか手入れの仕方とかです
この蘇鉄は雌株、このふさふさしたのが花で下の赤いのが実だそうです
実は食べられるそうですが、毒があるので充分に毒抜きをしなければならないとか
今の時代、そこまでして食べようという気にはなりませんが
飢餓に苦しんでいた地域ではこの蘇鉄を食べる習慣がまだあるようです
そして蘇鉄は自分で葉や実を落とすことはしないそうです
なので、この天然記念物はクレーンとかを使い手鋏でひとつひとつ切り落とすんだそうです
しばらく経ってから隣にも蘇鉄があることに気付く熟年(遅いっちゅうの^^;)
嘉永、大正と二度の大火に見舞われ本堂や山門を焼失した際
大蘇鉄と同時に植えられたもうひとつの蘇鉄も火を避けることは出来なかったようです
ですが、ものすごい生命力でその後、ふっか?つ!!
こちらも雌株ですが、隣に追いつけ追い越せと言わんばかりに生長していました
説明を受けている最中、和尚さんの携帯が鳴りました
熟年はこの時とばかり「ありがとうございました、それじゃ」とお暇することに
だって、ヒマを持て余したじい様がどこかへ消えてしまっていたんです
お?い、どこ行ったんじゃ??い
そうそうに携帯での話を終わらせられた和尚さん
「奥に雪舟の庭や秘宝殿には珍しい展示物もありますが」と仰られるのを
「すみません、遅くなりますのでこの辺で失礼します」と丁寧にお断りしました
まだ午後3時前だったのですが、家に着くまで2時間近くかかると判断
いつも5時には風呂に入る習慣なので、ここらが妥当でしょう^^
じじばば熟年、5人揃っての国東旅行
「今年が最後かも・・」なんていいながら結構楽しんでくれた模様です
たいした親孝行、伯母孝行にはなっていないのでしょうが
また暖かくなったらどこか近場でも行こうかね♪
家に帰り着くと老犬チビが迎えてくれました
もうダメ、もういかんと言われつつもどうにか生きています
熊本に帰ってくる時にかける言葉、これしかありません
みんな体を大事にね!
メールで依頼したら行列次第と言ってたので期待半分でしたが、すんなり買えたとの返事
よっしゃ?、初のご対面♪
さっそく年末年始のカロリー増量との戦いが始まったぞ!
たぶん、大敗しますけど^^
本物はこのシートからまず違うのね

こうやって立てて頂く至福の時よ♪

ロールケーキ研究家?の熟年としては人気の理由がわかった気がします
生地はすごくきめ細か、だけど意外としっかりしてる
クリームは生乳の旨さを前面に出しながら軽い、そしてほのかな甘さ♪
山都ロールとはちょっと違う上品なロール♪
でも完璧な山都ロールだったら負けてないぞ、とも思ったのでした^^v
さて、じじばば杵築旅行の続きですよ^^
杵築城下町を満喫した後、国東旅行の最後に訪れたのは日出町です
日出町には、日本一と言われる三つの自慢があるそうなんですが、ご存知ですか?
まず一つ目は天下の珍味「城下かれい」ですよねー!
でも、これは未だ熟年は食したことがございません
なかなか手が届かないシロモノですわ^^;
今回はそーじゃなくてタダで見れるものに食いついたんでござんす^^
交通事情上、三つ目に先に行くことにしました
それは中学校の校庭にあるということでした
日曜日なので休みだろうと何の遠慮もなく車でどーどーと入って行けました
あり、門というものがあったかいな?
先生らしき人影も見えましたが、気にされる様子もありません
迷うことなく中庭のそれにたどり着きました

これが樹齢400年以上と言われる日本一の大サザンカです♪
今が盛りと咲き誇っていました
直ちに車から降りたのは父ととっちん
車から見えたのでもういいと言うばば二人を置いてらぼっちも追いかけます

花びらの先端が紅色を帯びていると書いてありますが、全くの真っ白でした
しかし、日本一なのに県の天然記念物なの?
う?ん、サザンカじゃ駄目なのかな^^;

なんか花びらが細い気がするけど、こんなもん?
父はまたまたEOSを片手にあっちからパチリ、こっちからパチリ^^
樹木医ともなると興味津々なんでしょうね
花盛りの時季に来れてよかった?
幹はさすがに太く400年の歴史を感じさせてくれます

ここ日出中学校や隣の日出小学校は「日出城」があった場所
次に向かう車の中から横目に何やら見えましたが、もうみんなお疲れの様子
後ろ髪を引かれつつ、また来ようと思う熟年でした
それから最終目的地の「松屋寺」(しょうおくじ)に到着です
門を入る前からうろうろと散歩しているような人がひとり

なんと実はこの「松屋寺」の和尚様でした
そして、「しょうおくじ」という呼び名もここで初めて知りました
普通は「まつやじ」と言ってしまいますよね^^;
それに300円の拝観料が必要だったとは、下調べが足りず最後になってガビ?ン!
せっかく来たのだからそりゃ入りますよ、当然です^^
門の横にある受付所で和尚さんに料金を払います

わお、庭が広いですね?
こちらは日出藩木下家の菩提寺だったんですね
初代藩主、延俊侯が祖母朝日の方(北政所ねねの実母)の法名(康徳寺殿松屋妙貞大姉)を
そのまま山号寺号にとりいれ、康徳山松屋寺と名付けました

へっ?さっきの和尚さん説明のために後から小走りでやってこられましたよ
そして出た!!大蘇鉄!!
本堂の前にどど?んと立っておりました

樹齢推定700年ということで以前行った玉名の大蘇鉄と張り合っているとか
玉名の方は昭和9年、こちらは大正13年に国の天然記念物に指定されています

大友宗麟が南蛮貿易の際に取り寄せ、府内城にあったものを
2代藩主俊治侯が移し植えたとされ、この寺に移植されてからも約350年が経過
江戸時代から日本一の蘇鉄として知られています
和尚さんが細かくいろいろと教えてくださったのは
蘇鉄の雌雄の別とか手入れの仕方とかです

この蘇鉄は雌株、このふさふさしたのが花で下の赤いのが実だそうです
実は食べられるそうですが、毒があるので充分に毒抜きをしなければならないとか
今の時代、そこまでして食べようという気にはなりませんが
飢餓に苦しんでいた地域ではこの蘇鉄を食べる習慣がまだあるようです

そして蘇鉄は自分で葉や実を落とすことはしないそうです
なので、この天然記念物はクレーンとかを使い手鋏でひとつひとつ切り落とすんだそうです
しばらく経ってから隣にも蘇鉄があることに気付く熟年(遅いっちゅうの^^;)

嘉永、大正と二度の大火に見舞われ本堂や山門を焼失した際
大蘇鉄と同時に植えられたもうひとつの蘇鉄も火を避けることは出来なかったようです
ですが、ものすごい生命力でその後、ふっか?つ!!
こちらも雌株ですが、隣に追いつけ追い越せと言わんばかりに生長していました
説明を受けている最中、和尚さんの携帯が鳴りました
熟年はこの時とばかり「ありがとうございました、それじゃ」とお暇することに
だって、ヒマを持て余したじい様がどこかへ消えてしまっていたんです
お?い、どこ行ったんじゃ??い
そうそうに携帯での話を終わらせられた和尚さん
「奥に雪舟の庭や秘宝殿には珍しい展示物もありますが」と仰られるのを
「すみません、遅くなりますのでこの辺で失礼します」と丁寧にお断りしました

まだ午後3時前だったのですが、家に着くまで2時間近くかかると判断
いつも5時には風呂に入る習慣なので、ここらが妥当でしょう^^

じじばば熟年、5人揃っての国東旅行
「今年が最後かも・・」なんていいながら結構楽しんでくれた模様です
たいした親孝行、伯母孝行にはなっていないのでしょうが
また暖かくなったらどこか近場でも行こうかね♪
家に帰り着くと老犬チビが迎えてくれました
もうダメ、もういかんと言われつつもどうにか生きています
熊本に帰ってくる時にかける言葉、これしかありません
みんな体を大事にね!
<日出の大サザンカ>
[所在地]大分県速見郡日出町2627 日出中学校内
[樹齢]推定400年
[樹高]7.6m
[株回り]2.2m
[枝張り]8×5m
[指定]大分県天然記念物(昭和32年3月26日指定)
[アクセス]地図はコチラ
<松屋寺の大蘇鉄>
[所在地]大分県速見郡日出町1921
[樹齢]推定700年
[樹高]6.1m
[株回り]6.4m
[指定]国天然記念物(大正13年12月9日指定)
[拝観時間] 9:00?17:00
[拝観料金] 大人300円、中学・高校生200円、小学生以下無料
[アクセス]地図はコチラ
いやー、今日のお昼時の雷に暴風はすごかったですね
突然の雨にランチに出るのは無理かと思ったら、陽が射してくるし
ほんとに良く分からん天気でした
そして、皆と予定していたランチのお店は今日から休業!
なんとまあ、しまらない仕事納めの一日でした^^
さて、じじばば連れ国東旅行二日目、ホテルを出た一行は真っ直ぐ杵築の町へ
ゆっくり寝れた人、そこそこ熟睡できた人、ほとんど寝てない人
それぞれの思いをのせて朝の9時半にはここ、「須屋の坂」の上にいました
4時間以上かけて城下町を散策したので結構いろいろ見て廻りました
が、いつものように逐一説明をしていたら、どんだけ?ってことになるので
早足、急ぎ足、駆け足でご紹介しま?す(笑)
この時期、「杵築城」は工事中で入れないとわかっていたので
まずは「北台武家屋敷」の通りを歩きました
なかなか風情のあるところですね?^^
最初に入ったのは杵築藩家老を務めた家柄の「大原邸」
建築年代ははっきりしないようですが、19世紀中頃以前と推測されています
ここで珍しかったのは、雨が降った際に弓の稽古ができる部屋があったこと
天井がここだけ高くなっていて、弓を構えることができます
他の観光客の方がモデルになってくれました、勝手に撮っただけですが(笑)
とても広く綺麗に手入れされていた庭、杵築でも最も大きい回遊式だということです
そして
次は今年の4月に改修、見学可能となった「能見邸」(のうみてい)
入ってびっくり!武家屋敷の中にギャラリー喫茶がありました
そして興味深かったのはこちらの床の間の床を上げると地下への通路があったそうで
その地下通路は正面玄関の石で覆われた井戸へと通じていたとか
そこから出てくる訳ではなく、その下に潜んでいたというお話でした
なんだ、行き止まりなのか、かえって怖い感じがする^^;
そして、能見邸の前にある「藩校の門」の前で記念撮影^^

ん?それぞれのポーズが・・・^^
お次は御用屋敷(藩主の休息所)に使われたこともある「磯矢邸」(いそやてい)
ここも庭がすごかった^^
そしてやはり炊事場や台所の天井は立派な梁がありました
藩校の門にもありましたが、瓦にはぼたんの花が装飾されていました
こちらは「勘定場の坂」ちょうどカップルが登ってくるところでした
朝日を浴びた若い二人は輝いているな?^^
おっと、この坂には富士山や扇の形の石があったのか?、あ?あ宿題だ(笑)
さて次は「北台武家屋敷」からちょっと離れたところにある杵築藩医を務めた「佐野家」へ

代々、今に至るまで医者の家柄、1989年(平成元年)までここで診療を行われていたそうです
その翌年から一般公開されましたが、主家は1782年(天明2年)の建築で杵築の中でも最も古いとか
さすが調度品も一流のものばかり、庶民には到底触ることさえ出来なかったことでしょう
屋敷の中はもちろん庭や蔵にまでもたいへんおもしろいものが!
気になる人は行かれてみるといいですよ^^(出し惜しみ?)
この建物は私財を投じて建てられた、当時では珍しい結核病棟だそうです
佐野家ではお姉さんが一生懸命に心を込めて説明してくださったのがとっても印象的でした^^
さて、この後は「南台武家屋敷」へと移動、「一松邸」(ひとつまつてい)にお邪魔しました
おお、この屋敷は見晴らしが良く杵築城が見えるんですね^^
判事、検事を経て大臣を歴任し杵築市の初代名誉市民となった一松定吉氏の邸宅だということです
代々剣術や槍術の指南役として杵築藩に仕えた家柄でもあります
書院造りの床の間の組み木細工、富士山の欄間、1本木の鴨居など贅沢なものばかり
でもやっぱりこの景色が一番の贅沢です
さてこの日杵築では「第1回楽市楽座のぼり祭り」なるものが開催されていたんです
昼食はそれが開催されている「商人の町」で調達してこようということに
実業団女子駅伝を見たい父だけ車に残し、4人で「志保屋の坂」を降りて行きました
向かいの「須屋の坂」はやっぱり絵になるな?^^
朝からやたら人が多いなと思っていたら、なんとバス旅行のツアー客が3000人来る予定だとか
さ、さ?んじぇ?んに?ん???この静かな佇まいのところに?
ありえ?ん!と思いつつも仕方なくその人達の波に揉まれながら買い物をしました
温かかったので外にテーブルを広げてみんなで食べたんです
結局、店で待つこともなく安上がりに済んじゃった^^;
さて、もう少し見るところはないかと検討し
とっちんだけが見て登った「飴屋の坂」ほほ?、曲がってますね?^^
そしてみんなで行ってみた「天神坂」ここでもバスツアーの団体に揉まれた^^;
それから父が是非庭が見たいと言った「長昌寺」(ちょうしょうじ)へ
う?ん、見事な装飾の門ですよ
本堂があまりにも立派過ぎて境内も広いので、庭がどこだかわからなかった4人
とっちんが小さい案内板を見つけ、案内通りの墓地の狭い道を通って一行は本堂の裏へ
縁側でひなたぼっこをしているにゃんこ発見♪
すぐにうるさいな?というような顔をして去っていってしまった^^;
庭師の仕事もしていた父はいろいろ説明してくれましたが
うちらにはさっぱりわかりません
この庭は水前寺成趣園と並び賞される名園とのことですが、えーっ、ちょっとびっくり!
熟年ふたりが気になったのはこちら
さすが大分、本堂の正面で見上げるとこんな絵が描いてありました
う?ん、素晴らしい!!
よし、杵築の城下町は一通りは見て廻ったぞ♪
端折り過ぎでさ?っぱりな感じで終わっちゃった気もしないではないけど
ま、熟年としてはこんなもんでしょ^^;
細かな宿題はいずれ、ということで明日は国東旅行最後のお話です
なんと日本一が二つあったんですよ?♪
突然の雨にランチに出るのは無理かと思ったら、陽が射してくるし
ほんとに良く分からん天気でした
そして、皆と予定していたランチのお店は今日から休業!
なんとまあ、しまらない仕事納めの一日でした^^
さて、じじばば連れ国東旅行二日目、ホテルを出た一行は真っ直ぐ杵築の町へ
ゆっくり寝れた人、そこそこ熟睡できた人、ほとんど寝てない人
それぞれの思いをのせて朝の9時半にはここ、「須屋の坂」の上にいました

4時間以上かけて城下町を散策したので結構いろいろ見て廻りました
が、いつものように逐一説明をしていたら、どんだけ?ってことになるので
早足、急ぎ足、駆け足でご紹介しま?す(笑)
この時期、「杵築城」は工事中で入れないとわかっていたので
まずは「北台武家屋敷」の通りを歩きました

なかなか風情のあるところですね?^^
最初に入ったのは杵築藩家老を務めた家柄の「大原邸」

建築年代ははっきりしないようですが、19世紀中頃以前と推測されています
ここで珍しかったのは、雨が降った際に弓の稽古ができる部屋があったこと
天井がここだけ高くなっていて、弓を構えることができます

他の観光客の方がモデルになってくれました、勝手に撮っただけですが(笑)
とても広く綺麗に手入れされていた庭、杵築でも最も大きい回遊式だということです
そして

次は今年の4月に改修、見学可能となった「能見邸」(のうみてい)
入ってびっくり!武家屋敷の中にギャラリー喫茶がありました

そして興味深かったのはこちらの床の間の床を上げると地下への通路があったそうで

その地下通路は正面玄関の石で覆われた井戸へと通じていたとか

そこから出てくる訳ではなく、その下に潜んでいたというお話でした
なんだ、行き止まりなのか、かえって怖い感じがする^^;
そして、能見邸の前にある「藩校の門」の前で記念撮影^^

ん?それぞれのポーズが・・・^^
お次は御用屋敷(藩主の休息所)に使われたこともある「磯矢邸」(いそやてい)
ここも庭がすごかった^^

そしてやはり炊事場や台所の天井は立派な梁がありました

藩校の門にもありましたが、瓦にはぼたんの花が装飾されていました

こちらは「勘定場の坂」ちょうどカップルが登ってくるところでした

朝日を浴びた若い二人は輝いているな?^^
おっと、この坂には富士山や扇の形の石があったのか?、あ?あ宿題だ(笑)
さて次は「北台武家屋敷」からちょっと離れたところにある杵築藩医を務めた「佐野家」へ

代々、今に至るまで医者の家柄、1989年(平成元年)までここで診療を行われていたそうです
その翌年から一般公開されましたが、主家は1782年(天明2年)の建築で杵築の中でも最も古いとか

さすが調度品も一流のものばかり、庶民には到底触ることさえ出来なかったことでしょう

屋敷の中はもちろん庭や蔵にまでもたいへんおもしろいものが!
気になる人は行かれてみるといいですよ^^(出し惜しみ?)
この建物は私財を投じて建てられた、当時では珍しい結核病棟だそうです
佐野家ではお姉さんが一生懸命に心を込めて説明してくださったのがとっても印象的でした^^

さて、この後は「南台武家屋敷」へと移動、「一松邸」(ひとつまつてい)にお邪魔しました
おお、この屋敷は見晴らしが良く杵築城が見えるんですね^^

判事、検事を経て大臣を歴任し杵築市の初代名誉市民となった一松定吉氏の邸宅だということです
代々剣術や槍術の指南役として杵築藩に仕えた家柄でもあります

書院造りの床の間の組み木細工、富士山の欄間、1本木の鴨居など贅沢なものばかり



でもやっぱりこの景色が一番の贅沢です

さてこの日杵築では「第1回楽市楽座のぼり祭り」なるものが開催されていたんです
昼食はそれが開催されている「商人の町」で調達してこようということに
実業団女子駅伝を見たい父だけ車に残し、4人で「志保屋の坂」を降りて行きました
向かいの「須屋の坂」はやっぱり絵になるな?^^

朝からやたら人が多いなと思っていたら、なんとバス旅行のツアー客が3000人来る予定だとか
さ、さ?んじぇ?んに?ん???この静かな佇まいのところに?
ありえ?ん!と思いつつも仕方なくその人達の波に揉まれながら買い物をしました
温かかったので外にテーブルを広げてみんなで食べたんです
結局、店で待つこともなく安上がりに済んじゃった^^;
さて、もう少し見るところはないかと検討し
とっちんだけが見て登った「飴屋の坂」ほほ?、曲がってますね?^^

そしてみんなで行ってみた「天神坂」ここでもバスツアーの団体に揉まれた^^;

それから父が是非庭が見たいと言った「長昌寺」(ちょうしょうじ)へ

う?ん、見事な装飾の門ですよ
本堂があまりにも立派過ぎて境内も広いので、庭がどこだかわからなかった4人
とっちんが小さい案内板を見つけ、案内通りの墓地の狭い道を通って一行は本堂の裏へ
縁側でひなたぼっこをしているにゃんこ発見♪

すぐにうるさいな?というような顔をして去っていってしまった^^;
庭師の仕事もしていた父はいろいろ説明してくれましたが
うちらにはさっぱりわかりません
この庭は水前寺成趣園と並び賞される名園とのことですが、えーっ、ちょっとびっくり!

熟年ふたりが気になったのはこちら

さすが大分、本堂の正面で見上げるとこんな絵が描いてありました
う?ん、素晴らしい!!
よし、杵築の城下町は一通りは見て廻ったぞ♪
端折り過ぎでさ?っぱりな感じで終わっちゃった気もしないではないけど
ま、熟年としてはこんなもんでしょ^^;
細かな宿題はいずれ、ということで明日は国東旅行最後のお話です
なんと日本一が二つあったんですよ?♪
<杵築城下町>
[所在地]大分県杵築市大字杵築
[アクセス]地図はコチラ
朝起きるのが辛いくらいの寒い日が続きますね
目覚めてもしばし布団の中でまるまっている毎日
当然歩いていくのに必要な時刻は過ぎ、バイクとあいなります
あーっ、歩かなければならないこの時期に運動不足
年末年始のカロリーアップが真剣にこわい(>_<)
さて、神社や寺を登ったり降りたりして、少々疲れ気味のじじばばと共に
この日の宿泊先「ヴィラ・くにさき」に着いたのは午後4時
このホテルは国東半島の最東端、オーシャンビューが自慢だそうです
予定よりちょっと早めの到着でちょっと待たされる?
部屋に入ってから、ひとっ風呂浴びてゆっくりしたい父とらぼっちは早速展望大浴場へ
出ようとした頃、忘年会シーズンで団体さんがどどーっと入ってきました
よかった、まだ人の少ない時間帯で^^
入れ替わりに母と伯母ちゃんが風呂へ、とっちんは寝る前に入るとかでお茶飲んでる
6時半で夕食を頼んでいたので、時間をかなーり持て余しました
二部屋予約したんですが、年寄り組の和室に5人が寄ってわいわいがやがや
隣の洋室は荷物を置いただけですっからかん(笑)
さてやっと夕飯です
サザエとカンパチ、鯛の刺身にたいらぎのおろし和え

SPF豚の豆乳しゃぶしゃぶ

鴨の朴葉焼き(まつたけ入り)^^

酒もすすみます
みんな食欲旺盛、もったいない精神も手伝います^^
鱧の蒸し物、車えび入りのかき揚げ

炊き込みご飯につみれの吸い物、葛もち

地元の食材を使ってあるということで、いや?、満足満足腹いっぱいです♪
夕食後は恒例の大トランプ大会の始まりです
最初の七ならべで気付いたカードの3枚抜け、あちゃー!
まあ、オイチョカブですからあまり関係なしか
ティッシュを破いたお金で、さあ開始^^v
結構な勝負師の老女ふたり^^;
こちらは絶好調の男ふたり^^
途中、買ったばかりのコンデジの調子が悪いと伯母が言い出しました
「なんかね?、電源入れても写せんとよ・・・」
「ついこの前買って、昨日しっかり充電したとにおかしいね?」
よくよく見ていたら充電器にしっかりはまっておらず、充電されてないことが判明
持ってきていた充電器にランプが点いてやっと納得したかわいい伯母でした
昔から新し物好きというか、我が家よりも早くビデオカメラを持っていたし
我が家よりもいいコンデジを持って歩いていたし、ハイカラな80歳です^^
畑仕事が好きで、丹精込めて作った野菜を惜しげもなくあれもこれもと持たせてくれます
美味しい野菜をいつもありがとうね、伯母ちゃん♪
テレビなんか見る暇もなく大トランプ大会は午後11時近くまで続きました
いつもは3人はとっくに寝ている時間、ちょっと興奮させてしまったかな^^;
朝日を見ようかね、と約束した7時頃浪打際まで行ってみました
う?ん、天気は最高なのになかなか太陽は上がってきません
もうとっくに日の出の時間は過ぎているのに^^;
戻ろうかどうしようかと思いつつ見始めて15分、やっと光が見え始めました
上り始めたら早い、あっという間に全体が出てくるんですよ^^;
浴衣姿の親父は寒かっただろうにEOSを抱えて粘っていました、いい写真が撮れたかな?
ほら、冷えた体を早く温めたいんだな^^
この後朝食をいただき
部屋でゆっくりと準備
チェックアウトをしてからフロントのお姉さんに記念撮影をしてもらいました
あ、働くお姉さんの写真を撮り忘れた^^;
テルル会長、除名だけはご勘弁を!
さ、ホテルを後にして杵築の町へ、ほれレッツゴーじゃ!!
目覚めてもしばし布団の中でまるまっている毎日
当然歩いていくのに必要な時刻は過ぎ、バイクとあいなります
あーっ、歩かなければならないこの時期に運動不足
年末年始のカロリーアップが真剣にこわい(>_<)
さて、神社や寺を登ったり降りたりして、少々疲れ気味のじじばばと共に
この日の宿泊先「ヴィラ・くにさき」に着いたのは午後4時

このホテルは国東半島の最東端、オーシャンビューが自慢だそうです
予定よりちょっと早めの到着でちょっと待たされる?

部屋に入ってから、ひとっ風呂浴びてゆっくりしたい父とらぼっちは早速展望大浴場へ
出ようとした頃、忘年会シーズンで団体さんがどどーっと入ってきました
よかった、まだ人の少ない時間帯で^^
入れ替わりに母と伯母ちゃんが風呂へ、とっちんは寝る前に入るとかでお茶飲んでる
6時半で夕食を頼んでいたので、時間をかなーり持て余しました
二部屋予約したんですが、年寄り組の和室に5人が寄ってわいわいがやがや
隣の洋室は荷物を置いただけですっからかん(笑)
さてやっと夕飯です
サザエとカンパチ、鯛の刺身にたいらぎのおろし和え


SPF豚の豆乳しゃぶしゃぶ


鴨の朴葉焼き(まつたけ入り)^^


酒もすすみます

みんな食欲旺盛、もったいない精神も手伝います^^

鱧の蒸し物、車えび入りのかき揚げ


炊き込みご飯につみれの吸い物、葛もち


地元の食材を使ってあるということで、いや?、満足満足腹いっぱいです♪
夕食後は恒例の大トランプ大会の始まりです
最初の七ならべで気付いたカードの3枚抜け、あちゃー!
まあ、オイチョカブですからあまり関係なしか
ティッシュを破いたお金で、さあ開始^^v

結構な勝負師の老女ふたり^^;

こちらは絶好調の男ふたり^^

途中、買ったばかりのコンデジの調子が悪いと伯母が言い出しました
「なんかね?、電源入れても写せんとよ・・・」

「ついこの前買って、昨日しっかり充電したとにおかしいね?」
よくよく見ていたら充電器にしっかりはまっておらず、充電されてないことが判明
持ってきていた充電器にランプが点いてやっと納得したかわいい伯母でした
昔から新し物好きというか、我が家よりも早くビデオカメラを持っていたし
我が家よりもいいコンデジを持って歩いていたし、ハイカラな80歳です^^
畑仕事が好きで、丹精込めて作った野菜を惜しげもなくあれもこれもと持たせてくれます
美味しい野菜をいつもありがとうね、伯母ちゃん♪
テレビなんか見る暇もなく大トランプ大会は午後11時近くまで続きました
いつもは3人はとっくに寝ている時間、ちょっと興奮させてしまったかな^^;
朝日を見ようかね、と約束した7時頃浪打際まで行ってみました

う?ん、天気は最高なのになかなか太陽は上がってきません
もうとっくに日の出の時間は過ぎているのに^^;
戻ろうかどうしようかと思いつつ見始めて15分、やっと光が見え始めました

上り始めたら早い、あっという間に全体が出てくるんですよ^^;
浴衣姿の親父は寒かっただろうにEOSを抱えて粘っていました、いい写真が撮れたかな?

ほら、冷えた体を早く温めたいんだな^^
この後朝食をいただき

部屋でゆっくりと準備

チェックアウトをしてからフロントのお姉さんに記念撮影をしてもらいました

あ、働くお姉さんの写真を撮り忘れた^^;
テルル会長、除名だけはご勘弁を!
さ、ホテルを後にして杵築の町へ、ほれレッツゴーじゃ!!
<ヴィラ・くにさき>
[所在地]大分県国東市国東町小原3204-1
[TEL] 0978-72-2116
[アクセス]地図はコチラ
今日は大掃除もひと休みで、高校駅伝を朝から見ながらまったり過ごしました
いや?、でも寒い一日だった、雨まじりのぼた雪まで降ってたし^^;
2010年も残すところ後5日かぁ?
早過ぎる、毎日つぶやいているとっちんです
それに我が家だけ暮れという感じがあまりしない気がする・・・って
手抜き大掃除をしているからでしょうね、わかってます、頑張りまっす(笑)
さて両親、伯母を連れての国東旅行、宇佐神宮に参拝した後のお話になります^^
宇佐市から豊後高田を通り国東へは中央の峠越えで入りました
途中の寄り道は「両子寺」(ふたごじ)です
養老2年(718年)に仁聞菩薩が開き六郷満山の総持院として栄えた古刹ということです
ここの石段と仁王像を見たかった熟年
急な階段になっているので年寄り軍団にはきついだろうと下でとっちんは降り
みんなは上の駐車場で待ってもらうことにしたのです
するとなぜか「私も」と義母が車を降りてきました
何でも見るもの興味津々、いろんな知識を持ちそれでも貪欲に見てみようという姿勢に脱帽です
その上、足腰も達者、去年一昨年と入院していた人間とは思えません
道なりに来たつもりが参道はもう少し狭いところにあったようです
本来の参道を通っていれば渡ったであろう「無明橋」(むみょうばし)
「煩悩を持って渡ると橋から落ちます」と言われているようです
よかった?、知らずに渡っていたら確実に落ちてたな(笑)
仁王像さん、こんにちは、会いたかったよ?^^
像高230cm、国東半島最大級の仁王像だそうです
国東市の有形文化財に指定されています
筋骨隆々、頼もしい限りの風貌です
足腰の悪い人はこの仁王像の足をさするとあやかれるそうです
もちろん義母もとっちんもたいして悪くはないのに触りまくりました(笑)
その甲斐あって、ほらこの通り早いこと^^

らぼっちも駐車場に停めた後、急いで下りてきて
膝や腰をさわりまくってきたようです
山門をくぐっても坂が続きます
途中で伯母ちゃんと合流、時間を持て余して少し下りてきたみたい^^;
拝観料を払い、本尊不動尊をはじめ諸仏を祀ってある護摩堂の前に
お地蔵さん?も寒いのでしょう^^
護摩堂の前にあった般若心経回転塔、合掌もせずに一気に回していたじじばば^^;
もの珍しさだけが先立ってしまっていました
明治2年焼失後、20余年の歳月を費やして原型どうりに再建された護摩堂
その造りには見事なものがありました
そしてこちらは境内が両子山まで続いているようです
上り道が続きますね?^^;
年寄りだけじゃなく、熟年もはっきり言って要所だけを見てまわればいっかな?^^;
とりあえず見えているところまでは行ってみようと歩き出す5人
男性二人は緩やかな坂道を登り
女性三人は一枚岩の「鬼橋」を渡って石段を登ることに
この鬼橋は昔、千徳坊と言う力持ちのお坊さんが大石を山から引きずりおろして橋にしたんだとか
ここでも、もしかしたら煩悩があると落ちたのかな?
滑らないよう、そればかり考えていたので、ほかの煩悩なんてあるはずがない^^
おや、ここの仁王像さんはなんか変じゃないですか?
足がとっても短い!!(笑)
顔は厳ついのですが、格好としては愛嬌があるように見えます
この宝塔は祈願や供養などのための国東塔(国東半島独特の特徴があるそうです)
鎌倉時代に造立されたもので大分県の有形文化財に指定されています
さてと、ここでみんなが立ち止まる(笑)
ここはもう止めとこうと80歳二人、5歳ほど若い義母は悩んだ末
二人を車にもどすのは忍びないと諦め「二人で行っておいで」と降りていきました
それじゃと階段を登った熟年、こんな看板発見!
なんじゃ??と見上げてみると
う?ん、光と影と枝で全然わかりまっせ?ん^^;
道を進んでいくと見えてきたのは奥の院
弘化3年(1846年)旧杵築藩主松平候の寄進によるものだとか
よく見たら拝殿が山の岩盤に埋まるようにくっ付いているじゃないですか!!わかりますか?
とりあえずお参りして
本堂の横に行くと
説明にあったようなものは見えず、こんなところが気になった次第
やっぱり煩悩があるとこれも見えないものなのかなぁ?^^;
帰りには大講堂に寄って阿弥陀如来像と二十五菩薩聖聚来迎図を見てきました
でも壁画のほうは隠れていてほとんど花があったりしてほとんど見えませんでした
平成3年に再建されたのだったら、もう少し位置を考えて欲しかった・・
待たされるのが嫌いな義父のことが気になり駆け足で降りていきましたが
文句も言われず嫌な顔もせずに待っていてくれました^^

さあ、海の見える宿まで行きますよ
あれ、お義父さんはどっちの仁王像も見てないじゃん
わ?、失敗しちゃった^^;
いや?、でも寒い一日だった、雨まじりのぼた雪まで降ってたし^^;
2010年も残すところ後5日かぁ?
早過ぎる、毎日つぶやいているとっちんです
それに我が家だけ暮れという感じがあまりしない気がする・・・って
手抜き大掃除をしているからでしょうね、わかってます、頑張りまっす(笑)
さて両親、伯母を連れての国東旅行、宇佐神宮に参拝した後のお話になります^^
宇佐市から豊後高田を通り国東へは中央の峠越えで入りました
途中の寄り道は「両子寺」(ふたごじ)です


養老2年(718年)に仁聞菩薩が開き六郷満山の総持院として栄えた古刹ということです
ここの石段と仁王像を見たかった熟年
急な階段になっているので年寄り軍団にはきついだろうと下でとっちんは降り
みんなは上の駐車場で待ってもらうことにしたのです
するとなぜか「私も」と義母が車を降りてきました
何でも見るもの興味津々、いろんな知識を持ちそれでも貪欲に見てみようという姿勢に脱帽です
その上、足腰も達者、去年一昨年と入院していた人間とは思えません
道なりに来たつもりが参道はもう少し狭いところにあったようです
本来の参道を通っていれば渡ったであろう「無明橋」(むみょうばし)

「煩悩を持って渡ると橋から落ちます」と言われているようです
よかった?、知らずに渡っていたら確実に落ちてたな(笑)
仁王像さん、こんにちは、会いたかったよ?^^

像高230cm、国東半島最大級の仁王像だそうです
国東市の有形文化財に指定されています

筋骨隆々、頼もしい限りの風貌です
足腰の悪い人はこの仁王像の足をさするとあやかれるそうです
もちろん義母もとっちんもたいして悪くはないのに触りまくりました(笑)
その甲斐あって、ほらこの通り早いこと^^

らぼっちも駐車場に停めた後、急いで下りてきて
膝や腰をさわりまくってきたようです
山門をくぐっても坂が続きます
途中で伯母ちゃんと合流、時間を持て余して少し下りてきたみたい^^;

拝観料を払い、本尊不動尊をはじめ諸仏を祀ってある護摩堂の前に

お地蔵さん?も寒いのでしょう^^

護摩堂の前にあった般若心経回転塔、合掌もせずに一気に回していたじじばば^^;
もの珍しさだけが先立ってしまっていました

明治2年焼失後、20余年の歳月を費やして原型どうりに再建された護摩堂
その造りには見事なものがありました

そしてこちらは境内が両子山まで続いているようです
上り道が続きますね?^^;

年寄りだけじゃなく、熟年もはっきり言って要所だけを見てまわればいっかな?^^;
とりあえず見えているところまでは行ってみようと歩き出す5人
男性二人は緩やかな坂道を登り
女性三人は一枚岩の「鬼橋」を渡って石段を登ることに

この鬼橋は昔、千徳坊と言う力持ちのお坊さんが大石を山から引きずりおろして橋にしたんだとか
ここでも、もしかしたら煩悩があると落ちたのかな?
滑らないよう、そればかり考えていたので、ほかの煩悩なんてあるはずがない^^

おや、ここの仁王像さんはなんか変じゃないですか?


足がとっても短い!!(笑)
顔は厳ついのですが、格好としては愛嬌があるように見えます

この宝塔は祈願や供養などのための国東塔(国東半島独特の特徴があるそうです)
鎌倉時代に造立されたもので大分県の有形文化財に指定されています
さてと、ここでみんなが立ち止まる(笑)

ここはもう止めとこうと80歳二人、5歳ほど若い義母は悩んだ末
二人を車にもどすのは忍びないと諦め「二人で行っておいで」と降りていきました
それじゃと階段を登った熟年、こんな看板発見!

なんじゃ??と見上げてみると

う?ん、光と影と枝で全然わかりまっせ?ん^^;
道を進んでいくと見えてきたのは奥の院
弘化3年(1846年)旧杵築藩主松平候の寄進によるものだとか

よく見たら拝殿が山の岩盤に埋まるようにくっ付いているじゃないですか!!わかりますか?

とりあえずお参りして

本堂の横に行くと

説明にあったようなものは見えず、こんなところが気になった次第

やっぱり煩悩があるとこれも見えないものなのかなぁ?^^;
帰りには大講堂に寄って阿弥陀如来像と二十五菩薩聖聚来迎図を見てきました

でも壁画のほうは隠れていてほとんど花があったりしてほとんど見えませんでした
平成3年に再建されたのだったら、もう少し位置を考えて欲しかった・・
待たされるのが嫌いな義父のことが気になり駆け足で降りていきましたが
文句も言われず嫌な顔もせずに待っていてくれました^^

さあ、海の見える宿まで行きますよ
あれ、お義父さんはどっちの仁王像も見てないじゃん
わ?、失敗しちゃった^^;
<両子寺>
[所在地]大分県国東市安岐町両子1548
[TEL] 0978-65-0253
[拝観時間]8:00?17:00
[拝観料]200円
[参詣時間] ≪通常 3月?11月≫ 8:00?17:00
≪冬季 12月?2月≫ 8:30?16:30 講堂は16:00まで
[アクセス]地図はコチラ
今日は、不燃物を扇田まで持っていきました
吹きっさらしの中、職員さんたちは持ち込みの車を誘導し
テキパキと選別をしてそれぞれに指導しておられました
31日まで仕事をされるとのこと
仕事とはいえ、たいへんだろうなと頭が下がります
きちんと分別してルールに則ったゴミの出し方をしないといけないと再認識しました
さて、昨日の続きです
バドオフ会の後、ひとっ風呂浴びてから街に繰り出しました♪
気合入りすぎてちょっと早めに到着^^;
メニューを見て注文用紙に書いていると皆さん来られ忘年会の始まり始まり?♪
にやにやしているひょっとこ1号
トマトスライスの色もあせてしまいましたよ(笑)
で、何を撮ってるの?
カメラを持ってないときはこんな感じ(笑)
じゃ、ここで問題です!
この卵焼き、どちらが塩味でどちらが砂糖味でしょう?
卵焼きに両方の味で出している店も珍しいかも^^
正解は左が塩味、右の砂糖味のほうが少し色が濃いです
焼酎は飲み放題、う?ん迷うな?^^;
実はうちのコンデジでひょっとこ二人、顔認識されなかったんです
色黒だから?それともそもそも顔じゃないってこと?(笑)
あっという間に2時間が過ぎ、店を出たところで
「あ、ポーズとりましょうか?」とテルルさん、・・・?
膝曲がって腰が落ちてるよ、銀幕のスターさん(笑)
祝日とはいえ人の多い下通りをぼてぼて歩く5人、のはずが
やっぱり寄り道が多くて遅れてしまうこのお方^^
さあ、着きましたカラオケ、みんなのテンションも徐々に上がっていきます^^
まずは正統派、なみの介さん^^
笑い過ぎて声が出にくくなったとっちん^^;
いたって真面目ならぼっち^^
こちらも正統派のmamさん、を激写中のテルルさん
ん、今度は何?
さあ、真打登場です!
あ・・・・・早くも壊れちゃった(笑)
正統派は壊れたりしません!
えへ、ひょっとこ2号カッコつけちゃった
こちらの般若1号さんも真面目なお顔!
ところがどっこい、豹変かあ?(般若→おたふく?)
さっきは壊れた熱唱中のひょっとこ1号さんですが
やっぱり真面目には終わりません(笑)
ひょっとこ二人で昼間のバドの憂さ晴らし^^
2時間のつもりが盛り上がりすぎて1時間延長
いや?バドの時から最後の最後まで笑わせてもらいました^^
あっ、そういえば例のコスプレですけど
とっちんがトイレに入った際にミニスカメイドさんに会ったそうな
ちょうどミニスカ脇のホックを外したり留めたりしていたそうです
何やってんだろとよくよく見てみたら
しわくちゃ顔のおばはんだったそうで、ギョッとしたそうです
そうですよね、あのコスプレ
若い美人の女性だけが利用するとは限らないんですよね♪
慌しい暮れ、こんな一日の過ごし方もいいでしょ
たまには楽しまなくちゃ♪
え、いつもいつも楽しんでいるんじゃないかって?
あは、そうとも言えますね(笑)
さ、来年の初打ちはいつかな?
般若たちに勝てるよう、正月は摂生しなきゃ^^;
吹きっさらしの中、職員さんたちは持ち込みの車を誘導し
テキパキと選別をしてそれぞれに指導しておられました
31日まで仕事をされるとのこと
仕事とはいえ、たいへんだろうなと頭が下がります
きちんと分別してルールに則ったゴミの出し方をしないといけないと再認識しました
さて、昨日の続きです
バドオフ会の後、ひとっ風呂浴びてから街に繰り出しました♪

気合入りすぎてちょっと早めに到着^^;
メニューを見て注文用紙に書いていると皆さん来られ忘年会の始まり始まり?♪

にやにやしているひょっとこ1号
トマトスライスの色もあせてしまいましたよ(笑)
で、何を撮ってるの?

カメラを持ってないときはこんな感じ(笑)

じゃ、ここで問題です!
この卵焼き、どちらが塩味でどちらが砂糖味でしょう?


卵焼きに両方の味で出している店も珍しいかも^^
正解は左が塩味、右の砂糖味のほうが少し色が濃いです
焼酎は飲み放題、う?ん迷うな?^^;

実はうちのコンデジでひょっとこ二人、顔認識されなかったんです
色黒だから?それともそもそも顔じゃないってこと?(笑)
あっという間に2時間が過ぎ、店を出たところで
「あ、ポーズとりましょうか?」とテルルさん、・・・?

膝曲がって腰が落ちてるよ、銀幕のスターさん(笑)
祝日とはいえ人の多い下通りをぼてぼて歩く5人、のはずが
やっぱり寄り道が多くて遅れてしまうこのお方^^

さあ、着きましたカラオケ、みんなのテンションも徐々に上がっていきます^^

まずは正統派、なみの介さん^^

笑い過ぎて声が出にくくなったとっちん^^;

いたって真面目ならぼっち^^

こちらも正統派のmamさん、を激写中のテルルさん

ん、今度は何?

さあ、真打登場です!

あ・・・・・早くも壊れちゃった(笑)

正統派は壊れたりしません!

えへ、ひょっとこ2号カッコつけちゃった

こちらの般若1号さんも真面目なお顔!

ところがどっこい、豹変かあ?(般若→おたふく?)

さっきは壊れた熱唱中のひょっとこ1号さんですが

やっぱり真面目には終わりません(笑)

ひょっとこ二人で昼間のバドの憂さ晴らし^^

2時間のつもりが盛り上がりすぎて1時間延長
いや?バドの時から最後の最後まで笑わせてもらいました^^
あっ、そういえば例のコスプレですけど
とっちんがトイレに入った際にミニスカメイドさんに会ったそうな
ちょうどミニスカ脇のホックを外したり留めたりしていたそうです
何やってんだろとよくよく見てみたら
しわくちゃ顔のおばはんだったそうで、ギョッとしたそうです
そうですよね、あのコスプレ
若い美人の女性だけが利用するとは限らないんですよね♪

慌しい暮れ、こんな一日の過ごし方もいいでしょ
たまには楽しまなくちゃ♪
え、いつもいつも楽しんでいるんじゃないかって?
あは、そうとも言えますね(笑)

さ、来年の初打ちはいつかな?
般若たちに勝てるよう、正月は摂生しなきゃ^^;
うーっ、書き始めが21時20分だ
今日は完全に手抜き記事となりますので、ご勘弁なり♪
熟年二人と1匹のクリスマス
スパークリングワインとチキンを用意すれば雰囲気はOK!
ケーキはとっちんの手作り
スポンジがちょっとかたくなっちゃったけどご愛嬌♪
昨日は、仲良しブロガーさんとバドミントンの打ち納めするよーっと言うことで
体調不良でダウンのmaiさんを除く5人が集まりました
手のじのお二人となみの介さん
でもコートは3時間も押さえているので5人では相当ハードだなぁと
始まる前から不安げならぼっちでしたが
まあ、いざ試合が始まったら、わいのわいの言いながら楽しいバドミントン♪

ひょっとこ二人は、言われっぱなしの日頃のお返しとばかり般若二人に挑戦!
くそーっ、前に足が出ない
くそーっ、スピードについていけない
くそーっ、スタミナが持たない
ということで、返り討ちにあったというのは、もうバレバレでしたか^^
らぼっちは一番かっこいい写真をあげるぞーっ!
ねじり鉢巻で魚屋のおっさんだけど^^
あっという間に3時間が経過してしまいました^^
ん?このお方は隅っこで何してるん??
いつも、笑わかせてくれるね^^
手のじさんからいつも頂き物、すみませーん^^v
今回はクリスマスバージョンのチロル
箱がデコレーションケーキに早変わり♪

龍馬の入浴剤
今年のうちに、これで稼がないとね♪

白クマ塩らーめん
白熊の繁殖に取り組んでいる丸山動物園の支援金にいくらか回るのでしょう


この後、市内で打ち上げ、カラオケとあっという間に午前様となった5人組
あーっ、数時間寝たら仕事というのが恨めしいー
その話はまたこの次に♪
いつもお出かけ記事もこの程度の文章で整理することは・・・
できないよなぁ(爆)
今日は完全に手抜き記事となりますので、ご勘弁なり♪
熟年二人と1匹のクリスマス
スパークリングワインとチキンを用意すれば雰囲気はOK!
ケーキはとっちんの手作り
スポンジがちょっとかたくなっちゃったけどご愛嬌♪
昨日は、仲良しブロガーさんとバドミントンの打ち納めするよーっと言うことで
体調不良でダウンのmaiさんを除く5人が集まりました
手のじのお二人となみの介さん
でもコートは3時間も押さえているので5人では相当ハードだなぁと
始まる前から不安げならぼっちでしたが
まあ、いざ試合が始まったら、わいのわいの言いながら楽しいバドミントン♪



ひょっとこ二人は、言われっぱなしの日頃のお返しとばかり般若二人に挑戦!
くそーっ、前に足が出ない
くそーっ、スピードについていけない
くそーっ、スタミナが持たない
ということで、返り討ちにあったというのは、もうバレバレでしたか^^


らぼっちは一番かっこいい写真をあげるぞーっ!
ねじり鉢巻で魚屋のおっさんだけど^^

あっという間に3時間が経過してしまいました^^
ん?このお方は隅っこで何してるん??
いつも、笑わかせてくれるね^^

手のじさんからいつも頂き物、すみませーん^^v
今回はクリスマスバージョンのチロル
箱がデコレーションケーキに早変わり♪

龍馬の入浴剤
今年のうちに、これで稼がないとね♪

白クマ塩らーめん
白熊の繁殖に取り組んでいる丸山動物園の支援金にいくらか回るのでしょう


この後、市内で打ち上げ、カラオケとあっという間に午前様となった5人組
あーっ、数時間寝たら仕事というのが恨めしいー
その話はまたこの次に♪
いつもお出かけ記事もこの程度の文章で整理することは・・・
できないよなぁ(爆)
今日はいつものメンバーでバドの打ち納めをしたので
今はきっと、忘年会とカラオケ三昧で盛り上がっているところでーす^^
さて、薦神社にてちょっとばかり清められた5人、宇佐方面に車を走らせていましたが
ふと「宇佐神宮」の話になりました
行ってないのはとっちんだけ、他の4人はそれなりに一度は訪れておりました
どんなところか思い出せるのは最近行った父だけ
それならばどうせ通り道だし行ってみようと相成りました^^
駐車場の場所からして???の5人
もっと近いところにあるけどね、と父
まあ、一番大きい駐車場に停めると間違いないでしょう
着いた時間はちょうどお昼過ぎ
参拝の前に、母手作りのお弁当をぎちぎちの車の中で食べることに
まさしくおふくろの味といった煮物、おから、おこわのおにぎり、いなり、サンドイッチなどなど
お茶も含めて置く場所も無いので中はもうてんやわんや(笑)
父の「やっぱり母さんの作った料理が一番美味しいが」の一言に皆、納得♪
母は「これが一番安あがりやき、5千円はういたよ」と笑っていました
表参道では早くも迎春の準備がされていました
近道を知っている父の歩を遮ってきちんと鳥居をくぐろうとする4人^^
少し歩くと変わった形の「神橋」があります
この川は寄藻川というそうですが、泳いでいる鯉の大きいこと大きいこと
学生風の若者が餌を買って投げてやっていました
丸々と太っているのにまだ群がって食べようとする鯉にわが身を見たような・・(笑)
大鳥居が見えてきました、らぼっちと比べたらその大きさがわかります
こちらの鳥居は朱ではなく橙色っぽいんですね
前に来たときはこんなに歩いたっけ、全然社殿も見えてきません
ひょえ?、こんな看板も^^;
マムシもスズメバチもそういう季節じゃないので大丈夫でしょう
表参道からの正面には祭典の祓いの儀が行われる祓所がありました
な?んか厳かな感じがするんですよ
さあ、階段が始まりました
親父、そういえば去年、熊野磨崖仏を見に行った時もきつそうだったよな
いくつかの病気を持ちながらも前向きに暮らしていることを
普段は感じさせないけど、こんな時はやはり気になるものです
ハーハー、ゼーゼー、立ち止まりながら上っています、頑張れ親父!
それに比べ女性人の元気なこと!
75歳と80歳、たったか階段を登っていました(笑)
「西大門」(さいだいもん)に着きました
文禄の頃改築されたとか、県の重要文化財に指定されているとても立派な門です
ちょっとかすれていましたが、門の天井も見事な装飾がなされていました
ふう?、やっと上宮に着きましたよ
宇佐神宮は全国に4万社余りある八幡様の総本宮
725年に創建、八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后を祀ってあります
お、こちらも「2礼4拍手1礼」だ
柞原八幡宮でもそうだったな、今度はちゃんと参拝しましたよ
天気がよかったので南中楼門は青空に朱が映えてきれいでした
大元神社遥拝所というところが回廊にありました
ここから宇佐神宮発祥の聖地、御許山(馬城峰)が拝めるようになっています
あっ、奥にある国宝、八幡造りの本殿の写真を撮り忘れてしまった
あ?あ、やっぱり抜けてるわ、この百段の階段の写真はあるのに(笑)
若宮神社まで戻り参拝順路に沿って当然下宮に行くと思っていた4人
経験者?の父は来た道を戻ろうとしたところ、みんなの反対にあい渋々従ってくれました
4人が是非とも参拝したかった理由とは、この神社の横に
上宮が国家の繁栄、下宮は民衆の繁栄を願うところだと書いてあったからです^^
もともと神への御供物を煮炊きする“竈(かまど)殿”があったとされることから
“御饌(みけ)宮”とも称されるところです
上宮と違って静かで人も少なかったですね
ん?伯母ちゃんお参りは?
こちらの神門も上に比べると少し小ぶりでしたが、雰囲気のいいものでした
ありゃ、手水舎のところに参拝順路があったのね^^;
知らなかったけど順路のとおり参拝してきましたよ
帰りは近道、みんなで甘酒を飲んで喉を潤しました
途中の案内板に「呉橋」の文字を見つけたのですが、詳細がわからず行かずじまい
あ?朱の屋根がついた神橋を見ておかなければならなかった^^;
メジャーところなのに、知らないことだらけ
おまけに宿題というか忘れ物をしてきてしまうという体たらく、やれやれです(笑)
今はきっと、忘年会とカラオケ三昧で盛り上がっているところでーす^^
さて、薦神社にてちょっとばかり清められた5人、宇佐方面に車を走らせていましたが
ふと「宇佐神宮」の話になりました
行ってないのはとっちんだけ、他の4人はそれなりに一度は訪れておりました
どんなところか思い出せるのは最近行った父だけ
それならばどうせ通り道だし行ってみようと相成りました^^
駐車場の場所からして???の5人
もっと近いところにあるけどね、と父
まあ、一番大きい駐車場に停めると間違いないでしょう
着いた時間はちょうどお昼過ぎ
参拝の前に、母手作りのお弁当をぎちぎちの車の中で食べることに
まさしくおふくろの味といった煮物、おから、おこわのおにぎり、いなり、サンドイッチなどなど
お茶も含めて置く場所も無いので中はもうてんやわんや(笑)
父の「やっぱり母さんの作った料理が一番美味しいが」の一言に皆、納得♪
母は「これが一番安あがりやき、5千円はういたよ」と笑っていました
表参道では早くも迎春の準備がされていました

近道を知っている父の歩を遮ってきちんと鳥居をくぐろうとする4人^^

少し歩くと変わった形の「神橋」があります
この川は寄藻川というそうですが、泳いでいる鯉の大きいこと大きいこと

学生風の若者が餌を買って投げてやっていました
丸々と太っているのにまだ群がって食べようとする鯉にわが身を見たような・・(笑)
大鳥居が見えてきました、らぼっちと比べたらその大きさがわかります
こちらの鳥居は朱ではなく橙色っぽいんですね

前に来たときはこんなに歩いたっけ、全然社殿も見えてきません
ひょえ?、こんな看板も^^;

マムシもスズメバチもそういう季節じゃないので大丈夫でしょう
表参道からの正面には祭典の祓いの儀が行われる祓所がありました
な?んか厳かな感じがするんですよ

さあ、階段が始まりました

親父、そういえば去年、熊野磨崖仏を見に行った時もきつそうだったよな
いくつかの病気を持ちながらも前向きに暮らしていることを
普段は感じさせないけど、こんな時はやはり気になるものです
ハーハー、ゼーゼー、立ち止まりながら上っています、頑張れ親父!

それに比べ女性人の元気なこと!
75歳と80歳、たったか階段を登っていました(笑)

「西大門」(さいだいもん)に着きました
文禄の頃改築されたとか、県の重要文化財に指定されているとても立派な門です

ちょっとかすれていましたが、門の天井も見事な装飾がなされていました

ふう?、やっと上宮に着きましたよ



宇佐神宮は全国に4万社余りある八幡様の総本宮
725年に創建、八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后を祀ってあります
お、こちらも「2礼4拍手1礼」だ
柞原八幡宮でもそうだったな、今度はちゃんと参拝しましたよ
天気がよかったので南中楼門は青空に朱が映えてきれいでした

大元神社遥拝所というところが回廊にありました

ここから宇佐神宮発祥の聖地、御許山(馬城峰)が拝めるようになっています

あっ、奥にある国宝、八幡造りの本殿の写真を撮り忘れてしまった
あ?あ、やっぱり抜けてるわ、この百段の階段の写真はあるのに(笑)

若宮神社まで戻り参拝順路に沿って当然下宮に行くと思っていた4人
経験者?の父は来た道を戻ろうとしたところ、みんなの反対にあい渋々従ってくれました

4人が是非とも参拝したかった理由とは、この神社の横に
上宮が国家の繁栄、下宮は民衆の繁栄を願うところだと書いてあったからです^^

もともと神への御供物を煮炊きする“竈(かまど)殿”があったとされることから
“御饌(みけ)宮”とも称されるところです
上宮と違って静かで人も少なかったですね

ん?伯母ちゃんお参りは?
こちらの神門も上に比べると少し小ぶりでしたが、雰囲気のいいものでした

ありゃ、手水舎のところに参拝順路があったのね^^;
知らなかったけど順路のとおり参拝してきましたよ

帰りは近道、みんなで甘酒を飲んで喉を潤しました

途中の案内板に「呉橋」の文字を見つけたのですが、詳細がわからず行かずじまい
あ?朱の屋根がついた神橋を見ておかなければならなかった^^;
メジャーところなのに、知らないことだらけ
おまけに宿題というか忘れ物をしてきてしまうという体たらく、やれやれです(笑)

<宇佐神宮>
[所在地] 大分県宇佐市大字南宇佐2859
[TEL] 0978-37-0001
[アクセス] 地図はコチラ
※ yahoo地図が簡単にリンクできなくなりました、なんで?
ならばグーグルになっちゃうよね♪
おっと、今日の記事番号は777ですよ
でも朝から何もいいことなかったなぁ
この記事をあげたらいいことあるのかなぁ
まあ、よく気がついたと自分を褒めてあげましょう^^
さて、大分道中♪
次に向かったのは同じく中津市にある「薦神社」(こもじんじゃ)です
別名「大貞八幡」と呼ばれ、宇佐神宮の祖宮とも伝えられる神社ということです
表示してあった駐車場に停めてこの鳥居を入って行ったのですが
後でいろんなところに鳥居があって近くから行けたようでした
でもまあ、当たり前の参道がこちらだったのでしょう
じじばば3人と熟年2人がぼてぼて歩いて向かうのもいいもんでした
妖樹とも見えるこんな木もあったし^^
狛犬は金の色つき、ちょっとユニークな顔をしていました
参道の途中にはこんな太鼓橋のようなものが建っていました
板が朽ちて穴が開いており、立入禁止なんですが
これが何なのか、説明がされておらず、みんなして「何これ?」
大事なものなのでしょう、かなりの補強がされていました
余計に気になるっちゅうもんでしょ?
やっと入り口に着き、大きな楠が迎えてくれたんですが
根元付近は工事中かと思えるようなゾンザイな扱いがちょっとかわいそう^^;
さあ、ここから少し空気が変わりますよ!
正面に見えてくるのが「神門」です
江戸時代初期の大変珍しい形式の裳階付き三間一戸二重門
江戸時代初期の門として学術的にも重要な建築物であり、国指定重要文化財になっています
この神門、なんと元和8年、我が肥後熊本藩の細川忠興の造営によるものだったんですね
拝殿に行くにはまわり込まなければなりません
落ち着いた赤なので派手さを感じることはありません
もちろん、みんなでお参りしましたよ
珍しく父がふたりを撮影してます
うまくEOSで撮れているかな^^
裏の方へ行ってみました
すると何やら広い池のようなところがあったのです
よく見ると鳥居が池の中に立っていました
この神社、帰ってからよくよく調べたら
池そのものが御神体の三角(御澄)池を内宮、社殿を外宮と仰ぐ由緒正しい八幡の古社とか
池と社殿は大分県の史跡及び天然記念物に指定されていました
ありゃ?、ということはこの池に向かってお参りしとかなきゃいけなかったんだ^^;
しっかり拝殿で参拝したからよかったと思っていたのに(笑)
それにこの池、手の形をしているんですよ
地図で見たらちょっとミイラの手みたいだけど、なんか不思議な形です
社殿のある一帯はイチイガシやクスノキの巨樹と共にコジイ群集の常緑広葉樹林に覆われていて
とても深閑とした境内林を作っています
名前の知らないきれいな鳥も見れて一同心が洗われたような気がして次に向かうのでした♪
でも朝から何もいいことなかったなぁ
この記事をあげたらいいことあるのかなぁ
まあ、よく気がついたと自分を褒めてあげましょう^^
さて、大分道中♪
次に向かったのは同じく中津市にある「薦神社」(こもじんじゃ)です
別名「大貞八幡」と呼ばれ、宇佐神宮の祖宮とも伝えられる神社ということです

表示してあった駐車場に停めてこの鳥居を入って行ったのですが
後でいろんなところに鳥居があって近くから行けたようでした
でもまあ、当たり前の参道がこちらだったのでしょう
じじばば3人と熟年2人がぼてぼて歩いて向かうのもいいもんでした

妖樹とも見えるこんな木もあったし^^

狛犬は金の色つき、ちょっとユニークな顔をしていました


参道の途中にはこんな太鼓橋のようなものが建っていました

板が朽ちて穴が開いており、立入禁止なんですが
これが何なのか、説明がされておらず、みんなして「何これ?」
大事なものなのでしょう、かなりの補強がされていました
余計に気になるっちゅうもんでしょ?

やっと入り口に着き、大きな楠が迎えてくれたんですが
根元付近は工事中かと思えるようなゾンザイな扱いがちょっとかわいそう^^;

さあ、ここから少し空気が変わりますよ!


正面に見えてくるのが「神門」です

江戸時代初期の大変珍しい形式の裳階付き三間一戸二重門
江戸時代初期の門として学術的にも重要な建築物であり、国指定重要文化財になっています
この神門、なんと元和8年、我が肥後熊本藩の細川忠興の造営によるものだったんですね

拝殿に行くにはまわり込まなければなりません

落ち着いた赤なので派手さを感じることはありません
もちろん、みんなでお参りしましたよ

珍しく父がふたりを撮影してます
うまくEOSで撮れているかな^^

裏の方へ行ってみました

すると何やら広い池のようなところがあったのです
よく見ると鳥居が池の中に立っていました

この神社、帰ってからよくよく調べたら
池そのものが御神体の三角(御澄)池を内宮、社殿を外宮と仰ぐ由緒正しい八幡の古社とか
池と社殿は大分県の史跡及び天然記念物に指定されていました
ありゃ?、ということはこの池に向かってお参りしとかなきゃいけなかったんだ^^;
しっかり拝殿で参拝したからよかったと思っていたのに(笑)
それにこの池、手の形をしているんですよ
地図で見たらちょっとミイラの手みたいだけど、なんか不思議な形です
社殿のある一帯はイチイガシやクスノキの巨樹と共にコジイ群集の常緑広葉樹林に覆われていて
とても深閑とした境内林を作っています
名前の知らないきれいな鳥も見れて一同心が洗われたような気がして次に向かうのでした♪

<薦神社>
[所在地]大分県中津市大字大貞209
[指定] 薦神社神門 国指定重要文化財(昭和63年12月19日)
[アクセス] 地図はコチラ
先週18日の土曜日は熊本を朝6時に出発、実家の福岡県香春町に8時半に到着
両親と伯母を連れて大分県へと繰り出しました
出かける前「次の日の実業団女子駅伝に間に合うように帰れなければ、行くまいか」と父
「私はわざわざ行かんでもいいけどね」と伯母
最初から行く気満々なのは、母ひとりだけ^^;
「まあまあ、テレビは車についてるし、天気も良さそうだからみんなで行くよ!!」
渋っていたわりには5人で乗った車の中は、そりゃ賑やかで盛り上がってました(笑)
3人とも結構ツアーとかで旅慣れしていて
今回計画したところも行ったところがあったりなかったり^^
まずは行橋を通り無料の椎田道路から豊前を抜けて中津に入ります
最初の訪問地、中津城のすぐ近くにある「福沢諭吉旧居」に立ち寄りました
昭和46年に旧居と宅跡が国史跡文化財の指定を受けています
天保5年(1835年)に大坂の中津藩蔵屋敷で下士、福澤百助の2男3女の末子として生まれました
1歳6ヶ月の時、父と死別したため母子6人で中津に帰郷、19歳までをここで暮らしたようです
坂本龍馬とたった一年しか違わずして生まれてたんですね^^
貧しくも信念を持った福沢少年は14歳になって儒学者白石照山の塾に入りました
19歳の時には蘭学を志ざして長崎に遊学し、翌年からは大坂の緒方洪庵の適塾で猛勉強に励みます
23歳で中津藩の蘭学教師として江戸に上り、蘭学塾を開きました
これが後の慶應義塾のはじまりだったということです
こちらは諭吉が自らの手で2階を改造して勉強部屋にしていた土蔵です
中に入ると2階が見えるようになっていたので台の上に乗り覗いてみると
「ひょえ?、び、びっくりした?^^;」
まさか人形が暗がりに座っているとは思いもしなかったので驚きました
伯母は思わず十円玉を置いてきたと後で言っていました^^
万延元年(1860年)には渡米使節の従僕として「咸臨丸(かんりんまる)」に乗り込み渡米、ということは
そうです、勝海舟と同じ船に乗っていたんですね?、知らなかった
ま、あまり親しくはしてなかったようですけどね^^;
それからみなさん、知っていましたか?
福沢諭吉って173cmもある大男だったんですよ
他の著名人との写真でも頭ひとつ飛び出していました^^
そして25歳の時、結婚、四男五女の9人の子だくさんでした
できる男は違うなあ(笑)
諭吉像の前で3人の記念撮影♪
それから隣にある記念館に入ってみました
すぐに目についたのが入ってすぐのケース、その中には一万円札が2枚
何気なく見ていたのですが、よくよく見たら
一枚は「A000001B」の印刷
もう一枚も同じ番号
なぜ2枚?間違い探しのように見てしまいました(笑)
そしたら、ホログラムのあるなしでした
かたや昭和59年11月、もう一枚は平成16年11月、日本銀行から贈呈されるているんですね^^
「学問のすゝめ」の原本「文明論之概略」「西洋事情」などの著書や遺品などが展示されていました
予想に反して、じじばば3人とも興味深そうに覗き込んでいたのでちょっと意外
最初から食いつきが良くてこの旅行も楽しくなるような気がしてきました♪
両親と伯母を連れて大分県へと繰り出しました
出かける前「次の日の実業団女子駅伝に間に合うように帰れなければ、行くまいか」と父
「私はわざわざ行かんでもいいけどね」と伯母
最初から行く気満々なのは、母ひとりだけ^^;
「まあまあ、テレビは車についてるし、天気も良さそうだからみんなで行くよ!!」
渋っていたわりには5人で乗った車の中は、そりゃ賑やかで盛り上がってました(笑)
3人とも結構ツアーとかで旅慣れしていて
今回計画したところも行ったところがあったりなかったり^^
まずは行橋を通り無料の椎田道路から豊前を抜けて中津に入ります
最初の訪問地、中津城のすぐ近くにある「福沢諭吉旧居」に立ち寄りました
昭和46年に旧居と宅跡が国史跡文化財の指定を受けています

天保5年(1835年)に大坂の中津藩蔵屋敷で下士、福澤百助の2男3女の末子として生まれました
1歳6ヶ月の時、父と死別したため母子6人で中津に帰郷、19歳までをここで暮らしたようです

坂本龍馬とたった一年しか違わずして生まれてたんですね^^

貧しくも信念を持った福沢少年は14歳になって儒学者白石照山の塾に入りました

19歳の時には蘭学を志ざして長崎に遊学し、翌年からは大坂の緒方洪庵の適塾で猛勉強に励みます
23歳で中津藩の蘭学教師として江戸に上り、蘭学塾を開きました
これが後の慶應義塾のはじまりだったということです

こちらは諭吉が自らの手で2階を改造して勉強部屋にしていた土蔵です


中に入ると2階が見えるようになっていたので台の上に乗り覗いてみると

「ひょえ?、び、びっくりした?^^;」
まさか人形が暗がりに座っているとは思いもしなかったので驚きました
伯母は思わず十円玉を置いてきたと後で言っていました^^

万延元年(1860年)には渡米使節の従僕として「咸臨丸(かんりんまる)」に乗り込み渡米、ということは
そうです、勝海舟と同じ船に乗っていたんですね?、知らなかった
ま、あまり親しくはしてなかったようですけどね^^;
それからみなさん、知っていましたか?
福沢諭吉って173cmもある大男だったんですよ
他の著名人との写真でも頭ひとつ飛び出していました^^
そして25歳の時、結婚、四男五女の9人の子だくさんでした
できる男は違うなあ(笑)
諭吉像の前で3人の記念撮影♪

それから隣にある記念館に入ってみました
すぐに目についたのが入ってすぐのケース、その中には一万円札が2枚
何気なく見ていたのですが、よくよく見たら
一枚は「A000001B」の印刷
もう一枚も同じ番号
なぜ2枚?間違い探しのように見てしまいました(笑)
そしたら、ホログラムのあるなしでした
かたや昭和59年11月、もう一枚は平成16年11月、日本銀行から贈呈されるているんですね^^
「学問のすゝめ」の原本「文明論之概略」「西洋事情」などの著書や遺品などが展示されていました

予想に反して、じじばば3人とも興味深そうに覗き込んでいたのでちょっと意外
最初から食いつきが良くてこの旅行も楽しくなるような気がしてきました♪
<福沢諭吉生家>
[所在地]大分県中津市留守居町586
[共通入館料]400円
[開館時間]8:30?16:30 (無休)
[アクセス]地図はコチラ
夕刊のこちら編集局に「おでんを八代名物に」という記事が出ていましたね
なるほどーと唸ってしまいました^^
確かに日奈久のちくわ、五家荘のこんにゃくなど地産の具材が活かせそうではないですか
それにトマトベースのダシなど工夫すれば面白いと思ったのは、らぼっちだけか^^
仕事上よく通う八代市ですが、お世辞にも地域起しが上手とは思わないんです
このようなナイスアイデアに行政や地元の関係者がハッとすることは・・・ないだろうな^^;
先週あの方からメールをいただき次の日早速行ってきました?♪
「たこまさ 塩ポンズ」さん、大きくて真っ赤な暖簾が目印です
週刊山崎くんで紹介される前に行った方がいいですよとのアドバイスに
その日の昼休みに原チャリでひとっ走り!
新メニューも気になるところですが
初来店なので当然、塩ポンズ8個入りを注文^^
あの方の割引を使うと学割りよりも安かったのですが
申し訳ないので学生と同じ金額でGETさせていただきました!
残念ながらその場で食べる時間がなかったのでお持ち帰り♪
ポンズはあとがけになっているんですね
焼きたてすぐを食べたらカリっとしていたのかもしれません
パックを開けたらふわっふわっとしたたこ焼きになっていました
まずはかけずに食べてみました
1個が大きいんですよ?^^
見てのとおり、ふわふわとろとろ、ほんのりダシの香りもします
持ち上げようとすると、あんまりとろとろですぐに落ちてしまいそうになります
マヨネーズもオリジナルのようで酸味の少ないやさしい味^^
たこ焼きのマヨネーズとは思えない、サラダのドレッシングとしてイケそうです
やばい・・・旨いです♪
そして添付の“かけぽん”をかけます
ほほう?、こうなるのか!!
味が濃くなるのかと思いきや、全然そんなことはありません^^
かけるとポンズの風味でさっぱりといただけます
そうそう、大将がいろいろと話してくれました
「あの人の名を語って来たのはこの日二人目ですよ」
「スラっとしてかっこいいですよね、あの人は」
「おたくも何か書いてるの?」
「はい、うちのブログに載せさせてもらいますね」
温かい人柄と情熱ががそのままたこ焼きに注がれている感じです^^
週刊山崎くんでは、おじさんの店のチラシを作成した人が出ていましたが
行って語ってみれば応援したくなる気持ちもわかりますよ♪
どうもごちそう様でした?♪
そしてもうひとつ食べ物ネタを^^
職場の部下から親戚が勤めているとのことで「都城生麺」さんのちゃんぽんをもらいました
実はこの部下の娘さんがかなりのグルメ、美味しいものしか食べないんだそうです^^;
このちゃんぽんはその娘さんのお墨付きらしいです
その娘さん、まだ 3歳 なんですけどね^^;
らぼっちもちゃんぽんは大好きなんだな♪
二人前なのにやけに袋が大きいなと思ったら、野菜付きでした
でも野菜たっぷりが好きなので、ニラ、人参、キャベツそして豚肉を入れて調理
とてもいい香りのちゃんぽんが出来上がりました♪
麺がもちもちぷりっとしていて、時間が経ってもノビた感じが全くしません!
スープはギトギト感のないとてもさっぱりした味、でもちゃんぽんの旨さはちゃんとあるんです
これは美味しい♪ 二人ともあっと言う間にたいらげてしまいました
さすが、3歳の娘さんのお薦めです^^
どうも、ごちそう様でした♪
なるほどーと唸ってしまいました^^
確かに日奈久のちくわ、五家荘のこんにゃくなど地産の具材が活かせそうではないですか
それにトマトベースのダシなど工夫すれば面白いと思ったのは、らぼっちだけか^^
仕事上よく通う八代市ですが、お世辞にも地域起しが上手とは思わないんです
このようなナイスアイデアに行政や地元の関係者がハッとすることは・・・ないだろうな^^;
先週あの方からメールをいただき次の日早速行ってきました?♪
「たこまさ 塩ポンズ」さん、大きくて真っ赤な暖簾が目印です

週刊山崎くんで紹介される前に行った方がいいですよとのアドバイスに
その日の昼休みに原チャリでひとっ走り!

新メニューも気になるところですが
初来店なので当然、塩ポンズ8個入りを注文^^

あの方の割引を使うと学割りよりも安かったのですが
申し訳ないので学生と同じ金額でGETさせていただきました!
残念ながらその場で食べる時間がなかったのでお持ち帰り♪
ポンズはあとがけになっているんですね

焼きたてすぐを食べたらカリっとしていたのかもしれません
パックを開けたらふわっふわっとしたたこ焼きになっていました

まずはかけずに食べてみました
1個が大きいんですよ?^^

見てのとおり、ふわふわとろとろ、ほんのりダシの香りもします
持ち上げようとすると、あんまりとろとろですぐに落ちてしまいそうになります
マヨネーズもオリジナルのようで酸味の少ないやさしい味^^
たこ焼きのマヨネーズとは思えない、サラダのドレッシングとしてイケそうです
やばい・・・旨いです♪
そして添付の“かけぽん”をかけます

ほほう?、こうなるのか!!
味が濃くなるのかと思いきや、全然そんなことはありません^^
かけるとポンズの風味でさっぱりといただけます
そうそう、大将がいろいろと話してくれました
「あの人の名を語って来たのはこの日二人目ですよ」
「スラっとしてかっこいいですよね、あの人は」
「おたくも何か書いてるの?」
「はい、うちのブログに載せさせてもらいますね」
温かい人柄と情熱ががそのままたこ焼きに注がれている感じです^^
週刊山崎くんでは、おじさんの店のチラシを作成した人が出ていましたが
行って語ってみれば応援したくなる気持ちもわかりますよ♪

どうもごちそう様でした?♪
そしてもうひとつ食べ物ネタを^^
職場の部下から親戚が勤めているとのことで「都城生麺」さんのちゃんぽんをもらいました

実はこの部下の娘さんがかなりのグルメ、美味しいものしか食べないんだそうです^^;
このちゃんぽんはその娘さんのお墨付きらしいです
その娘さん、まだ 3歳 なんですけどね^^;
らぼっちもちゃんぽんは大好きなんだな♪
二人前なのにやけに袋が大きいなと思ったら、野菜付きでした

でも野菜たっぷりが好きなので、ニラ、人参、キャベツそして豚肉を入れて調理
とてもいい香りのちゃんぽんが出来上がりました♪

麺がもちもちぷりっとしていて、時間が経ってもノビた感じが全くしません!
スープはギトギト感のないとてもさっぱりした味、でもちゃんぽんの旨さはちゃんとあるんです

これは美味しい♪ 二人ともあっと言う間にたいらげてしまいました
さすが、3歳の娘さんのお薦めです^^
どうも、ごちそう様でした♪
<たこまさ 塩ポンズ>
[所在地] 熊本市西子飼町10-21
[TEL] 096-345-1588
[営業時間] 11:00?21:00
[定休日] 不定休
[アクセス] 地図はコチラ
<都城生麺>
[所在地] 宮崎県都城市志比田町5669-5
[TEL] 0986-22-3692
先程、実家から帰ってまいりました^^v
両親、伯母3人とも喜んでくれたようで何よりでした
その話はまたおいおいと^^
さて、吉井の町をぶ?らぶ?ら歩いていて喉が渇き、ちょっとお茶でもと思い入ったのはこちら
和菓子処 「ひた屋福富」さんです
やや?まだ日田にこだわるのか?
いえいえ、偶然です
茶房もあると書いてあったので寄ってみることに
先客はご婦人がひとり、静かにお茶を飲んでおられました
格子窓がいい雰囲気です
この店は、明治22年大分県日田市にて創業だそうです
あ、だからひた屋という名前なのか^^
昭和22年2代目が吉井町に、かすてらの日田屋として店を開き
その後「和菓子処 ひた屋福富」と改名、現在4代目なんだそうです
ミニチュアのまんじゅうや道具がかわい?い♪
食べたかったのはコレ!「葛ようかん」
店の前にでっかく宣伝してあるのだから、この店一番のお薦めでしょう
そしてなぜか和菓子なのにコーヒーをオーダー^^;
飲みたかったんですよ、コーヒーを!
ささ、食べてみましょうかね
んん??
すごい弾力です、なかなかフォークが入っていきません
上層は秋月本葛、下層は葛と自家製の北海十勝小豆こし餡を配合、二層に流し合わせてあります
ぷるぷる、つるんとした舌触りの葛に優しい感じの小豆の風味
程よい甘さに仕上げてあって、すごく上品です
ようかんであってようかんじゃない、ゼリーのようでゼリーでもない不思議な食感
喉越しがとても良く、ぺろりんとお腹の中へ入っていきました♪
他にも買った大福を食べましたが
この「葛ようかん」の後ではすべてが霞んでしまったのです^^;
さすがに商家の町“えびす”さんがにこやかに?座っておられました

両親、伯母3人とも喜んでくれたようで何よりでした
その話はまたおいおいと^^
さて、吉井の町をぶ?らぶ?ら歩いていて喉が渇き、ちょっとお茶でもと思い入ったのはこちら
和菓子処 「ひた屋福富」さんです

やや?まだ日田にこだわるのか?
いえいえ、偶然です
茶房もあると書いてあったので寄ってみることに

先客はご婦人がひとり、静かにお茶を飲んでおられました

格子窓がいい雰囲気です
この店は、明治22年大分県日田市にて創業だそうです
あ、だからひた屋という名前なのか^^
昭和22年2代目が吉井町に、かすてらの日田屋として店を開き
その後「和菓子処 ひた屋福富」と改名、現在4代目なんだそうです
ミニチュアのまんじゅうや道具がかわい?い♪



食べたかったのはコレ!「葛ようかん」
店の前にでっかく宣伝してあるのだから、この店一番のお薦めでしょう

そしてなぜか和菓子なのにコーヒーをオーダー^^;

飲みたかったんですよ、コーヒーを!
ささ、食べてみましょうかね
んん??

すごい弾力です、なかなかフォークが入っていきません
上層は秋月本葛、下層は葛と自家製の北海十勝小豆こし餡を配合、二層に流し合わせてあります
ぷるぷる、つるんとした舌触りの葛に優しい感じの小豆の風味
程よい甘さに仕上げてあって、すごく上品です
ようかんであってようかんじゃない、ゼリーのようでゼリーでもない不思議な食感
喉越しがとても良く、ぺろりんとお腹の中へ入っていきました♪
他にも買った大福を食べましたが
この「葛ようかん」の後ではすべてが霞んでしまったのです^^;
さすがに商家の町“えびす”さんがにこやかに?座っておられました

<ひた屋福富>
[所在地] 福岡県うきは市吉井町1127-3
[TEL・FAX] 0943-75-2465
[営業時間] AM9:00?PM7:00
(茶房営業 AM10:00?PM5:00ラストオーダー)
[店休日] 毎週 水曜日
[アクセス]地図はコチラ
筑後吉井の幕末や明治末期のお屋敷を見て歩いた後、とうとうお昼時になりました
腹が減っては軍はできぬ、ですから
どこか食事のできるところを探さなきゃ・・・
ですが、まさかこの吉井でこんなおもしろい足止めを食うなんて思いも寄らず
食事処なんて知る由もありません^^;
観光協会でグルメのパンフも貰っとけばよかったと再び町をウロウロ
国道まで出てもそれらしいものは見当たりません
目に付くものはやはり古い町屋ばかり^^;
「ここ食事できるみたいよ」ふと足を止めたらぼっちが言いました
あら?、この看板がなければ全然わかりませんでした
本当にお店やってんの?とガラス越しに覗いてみると、人がいました(笑)
ほんじゃま入ってみましょうか
はあ?、こりゃまた大きなお屋敷でござんすこと^^
今年の3月に行った小川町の「風の館塩屋」さんを思い出しました
あちらは呉服商を営んでいましたが、こちらは乾物魚類問屋だったようです
昭和3年に建てられた白壁土蔵造りの伝統的建造物でした
奥の座敷でもいいと言われましたが、全体が見えるこちらに席をとりました
調べてみたら、居蔵の館、鏡田屋敷につぐ3番目の伝統的建造物の公開施設として
平成18年1月にオープンした食事処のようです
メニューはこんなかわいい手書きでした
地元の主婦グループの方々が手掛けておられるとのことです
他にもパスタとかあったような気がします^^;
注文してから、見学してもいいと聞いて熟年ふたりだけがうろうろ
他のお客さんたち、こんな見事なところを見たくないのかな?^^;
まずは2階から
階段を上がったらすぐに10畳の座敷が二間、合わせて36畳あるそうです、広っ!
二間続きの大広間、36畳もあるのに柱がないんですよ!
梁のたわみもないらしく、当時の職人技が光っているところでもあります
4つある欄間も、松、鶴、梅が描かれた一枚一枚違う見事な彫刻でした
窓も当時のままだろうと思えるガラスが入っています
この交流館に入ったところの土間は一部吹き抜けになっていてガラスで囲まれていました
食事されている下のお客さんが見えます^^
下から見上げるとこんな感じ
よ?く見ると重い荷物を持ち上げるときに使った滑車があるんです
2階に収納して必要なものを必要な時に降ろす、なかなか合理的じゃないですか^^
あ、食事が運ばれてきました
まずは、とっちんの「日替わり定食」メインはアジのフライでした
これで550円って、すんばらしい!
その上、このキャベツにかけてあるドレッシングがおもしろかったんです
今まで食べたことのない味と食感
「ん?、大根おろしにマヨネーズ、酢も入ってるかな・・」とらぼっちに話していると
隣で同じものを食べておられたおじさんが店の人に聞いていました
「・・・大根おろし・・・マヨネーズ・・・・」
ビンゴ!!前後のことはわかりませんでしたが、ほぼ合ってるというものでしょう(笑)
さっぱりとしたキャベツにぴったりのドレッシングでした
らぼっちの「たまゆら御膳」まずは小鉢が運ばれてきました
小鉢は3品と書いてあったので、ローストビーフがメイン料理?
かと思ったら、すぐにこれが運ばれてきたんです
これがたぶんメインです、850円ですよ?いいの?
揚げたり炊いたりした13種もの野菜とすり身の上にあんがかけてあります
おいしい?♪すご?っくやさしいあんで素材の味が活きています
どれもちょうどいい味付け、熟年にはたいへん嬉しい料理でした
もちろん、ごはんとみそ汁はおかわり自由なのですが
二人ともお腹いっぱいになりました
使ってあるお椀は昔使っていたような形、もしかして食器もここにあったものなのかな^^
いや?、大満足のお昼ごはんでした
ごちそう様でした?♪
食事の後、お手洗いに行ったらぼっちが「とっちんも行ってきなさい」としきりに言います
「そう?」と席を立ったとっちんに追い討ちをかけるように「ちょっと痛いけど・・・」
は?い??痛いってどういうこと?
奥の廊下に行ってからその意味がわかりました
寒さでプラスチックでできた健康サンダルのイボイボが硬くて足の裏に突き刺さるー!(笑)
ガクガクとぎこちなく歩いている様は、はたから見ると滑稽でしょうが
本人はいたって真面目に歩いていたんです
体をよじらせながら帰ってくると、らぼっちがこっちを見て笑い転げていました
ふん、自分だって同じ目に遭っているのに!
昔、乾物を入れていたという引き出しは作り付けで
写真や資料とともに昔の名残りを感じさせてくれていました^^
イギリスを源とする木造架構により、柱の少ない大空間の確保が可能になった造り
国道に面しているのに、ここにいると車の往来などまったく感じることなく
ゆっくりとした時間を過ごすことができました
人間あくせくしたらいけません
日田(焼そば?)を諦めてこの吉井を歩いてよかったです(笑)
もうちょっとこの辺をうろっとしてみましょうかね^^
今日明日と親孝行、伯母孝行の真似事をしてきます
天気はどうかな?、喜んでくれるといいけど^^
そんなわけで今から出発します
帰宅は明日の夜になります
では行ってきま?す♪
腹が減っては軍はできぬ、ですから
どこか食事のできるところを探さなきゃ・・・
ですが、まさかこの吉井でこんなおもしろい足止めを食うなんて思いも寄らず
食事処なんて知る由もありません^^;
観光協会でグルメのパンフも貰っとけばよかったと再び町をウロウロ
国道まで出てもそれらしいものは見当たりません
目に付くものはやはり古い町屋ばかり^^;

「ここ食事できるみたいよ」ふと足を止めたらぼっちが言いました

あら?、この看板がなければ全然わかりませんでした
本当にお店やってんの?とガラス越しに覗いてみると、人がいました(笑)
ほんじゃま入ってみましょうか
はあ?、こりゃまた大きなお屋敷でござんすこと^^

今年の3月に行った小川町の「風の館塩屋」さんを思い出しました
あちらは呉服商を営んでいましたが、こちらは乾物魚類問屋だったようです
昭和3年に建てられた白壁土蔵造りの伝統的建造物でした
奥の座敷でもいいと言われましたが、全体が見えるこちらに席をとりました

調べてみたら、居蔵の館、鏡田屋敷につぐ3番目の伝統的建造物の公開施設として
平成18年1月にオープンした食事処のようです
メニューはこんなかわいい手書きでした
地元の主婦グループの方々が手掛けておられるとのことです

他にもパスタとかあったような気がします^^;
注文してから、見学してもいいと聞いて熟年ふたりだけがうろうろ
他のお客さんたち、こんな見事なところを見たくないのかな?^^;
まずは2階から
階段を上がったらすぐに10畳の座敷が二間、合わせて36畳あるそうです、広っ!

二間続きの大広間、36畳もあるのに柱がないんですよ!
梁のたわみもないらしく、当時の職人技が光っているところでもあります
4つある欄間も、松、鶴、梅が描かれた一枚一枚違う見事な彫刻でした
窓も当時のままだろうと思えるガラスが入っています

この交流館に入ったところの土間は一部吹き抜けになっていてガラスで囲まれていました
食事されている下のお客さんが見えます^^

下から見上げるとこんな感じ

よ?く見ると重い荷物を持ち上げるときに使った滑車があるんです

2階に収納して必要なものを必要な時に降ろす、なかなか合理的じゃないですか^^
あ、食事が運ばれてきました
まずは、とっちんの「日替わり定食」メインはアジのフライでした

これで550円って、すんばらしい!
その上、このキャベツにかけてあるドレッシングがおもしろかったんです

今まで食べたことのない味と食感
「ん?、大根おろしにマヨネーズ、酢も入ってるかな・・」とらぼっちに話していると
隣で同じものを食べておられたおじさんが店の人に聞いていました
「・・・大根おろし・・・マヨネーズ・・・・」
ビンゴ!!前後のことはわかりませんでしたが、ほぼ合ってるというものでしょう(笑)
さっぱりとしたキャベツにぴったりのドレッシングでした
らぼっちの「たまゆら御膳」まずは小鉢が運ばれてきました

小鉢は3品と書いてあったので、ローストビーフがメイン料理?
かと思ったら、すぐにこれが運ばれてきたんです

これがたぶんメインです、850円ですよ?いいの?
揚げたり炊いたりした13種もの野菜とすり身の上にあんがかけてあります
おいしい?♪すご?っくやさしいあんで素材の味が活きています
どれもちょうどいい味付け、熟年にはたいへん嬉しい料理でした
もちろん、ごはんとみそ汁はおかわり自由なのですが
二人ともお腹いっぱいになりました

使ってあるお椀は昔使っていたような形、もしかして食器もここにあったものなのかな^^

いや?、大満足のお昼ごはんでした
ごちそう様でした?♪
食事の後、お手洗いに行ったらぼっちが「とっちんも行ってきなさい」としきりに言います
「そう?」と席を立ったとっちんに追い討ちをかけるように「ちょっと痛いけど・・・」
は?い??痛いってどういうこと?
奥の廊下に行ってからその意味がわかりました
寒さでプラスチックでできた健康サンダルのイボイボが硬くて足の裏に突き刺さるー!(笑)

ガクガクとぎこちなく歩いている様は、はたから見ると滑稽でしょうが
本人はいたって真面目に歩いていたんです

体をよじらせながら帰ってくると、らぼっちがこっちを見て笑い転げていました
ふん、自分だって同じ目に遭っているのに!
昔、乾物を入れていたという引き出しは作り付けで
写真や資料とともに昔の名残りを感じさせてくれていました^^

イギリスを源とする木造架構により、柱の少ない大空間の確保が可能になった造り
国道に面しているのに、ここにいると車の往来などまったく感じることなく
ゆっくりとした時間を過ごすことができました
人間あくせくしたらいけません
日田(焼そば?)を諦めてこの吉井を歩いてよかったです(笑)
もうちょっとこの辺をうろっとしてみましょうかね^^

今日明日と親孝行、伯母孝行の真似事をしてきます
天気はどうかな?、喜んでくれるといいけど^^
そんなわけで今から出発します
帰宅は明日の夜になります
では行ってきま?す♪
<町並み交流館商家>
[所在地]うきは市吉井町1153
[TEL]0943-75-2572
[営業時間]9:00?17:00(※見学・喫茶)
見学は無料
[定休日]月曜(祝日の場合翌日)
12月29日?1月3日
[アクセス]地図はコチラ
昨日の続きです^^
「居蔵の館」のおじさんから勧められたのが「鏡田屋敷」(かがみだやしき)
日田焼きそばを諦めざるを得なかった熟年ふたり(まだ言うか^^;)
「居蔵の館」の素晴らしさに俄然やる気満々
こうなりゃ、とことん吉井を見て歩こうじゃないかということになり「鏡田屋敷」に向かいました
鏡田屋敷(旧籠田家)は、郡役所の官舎として建てられたといわれる屋敷型建造物だそうです
屋敷型建造物とは家屋の周囲を庭園、土蔵、塀で囲んだものということです
正面部分は文久3年(1863年)の建築、背面部分の増築は明治26年(1893年)に行われました
商業の町として繁栄した町並みに合わせ、官舎もそれなりのものを造ったということでしょうかね
おや、門はありませんが、鉤形になっていて玄関は直接見えません
両方が塀で張り巡らせてありますが、玄関の横の扉からは井戸が見えました
玄関に入ってどなたかおられると思ったのですが、姿はありません
右手には土間が続いていました
その先には炊事場
平成になっても住んでおられたらしいと後で聞きました
だから、温水器やガスコンロが置いてあるんですね^^
声はすれども姿なし、どうも2階で説明されているようです
じゃ、と失礼して置いてあったパンフを手に勝手に見学^^;
「お邪魔しま?す!」
まずは説明に書いてあったこの屋敷の一番の見どころに足を踏み入れます♪
2部屋ほど徐々に高くなって段差があるのがわかりますかね?
郡役所の官舎ですから、位の高い役人が居た部屋だと言われているんです
3畳の部屋ですが、まさに“敷居が高く”なっているわけです
一番奥にいた人はどんな顔をして座っていたのでしょうかね^^;
隣の部屋を通って裏に廻るとたらいが見えました
ここはお風呂でしょう
説明の方がおられないので定かではありませんが、隣の2畳の部屋はきっと脱衣所ですね
「居蔵の館」で学習したもんね?♪
この後、お二人のおばさんが戻ってこられ説明をしていただきながらまわりました
早速、さっきの役人部屋の説明、続いて欄間の説明です
組子による装飾が施された欄間だということでした
こちらは明治26年の増築の座敷と大広間、合わせると50畳の広さだとか
ひえ?、こんなに広いとかえって居場所に困る^^;
ここだけでも23畳だって、なんか中途半端な感じ・・・
廊下を隔てて広くて立派な庭があります
ここにもわずかに紅葉が残ってくれていました
この廊下は桜の木が使ってあるというお話でしたが、廊下の修復がおもしろかったんですよ
菱形とか将棋の駒の形がわかりますか
大工さんも粋な小細工をされたもんですね^^
そしてこちらの換気のための障子は引き戸ではなく、パタパタ式?でした
庭にしておくにはもったいないほど広いです(よくわからない^^;)
南側のこちらの廊下からもちがう雰囲気の庭
隣あった部屋はやはり増築された部分ですが
大きな屏風が置いてあったり、柱時計があったり
この柱時計ちゃんと動いていましたよ、懐かしいな?^^
さて2階に上がっていくと、なぜか増築された部屋はそうとうな段差
構造上の問題でしょうけど、これがかえって見晴らしよくなっているんでしょうね
日当たりも眺めも良くて、おそらくこのお屋敷で最高の部屋じゃないでしょうか
えっと、ここは廊下というべきものかどうかよくわかりませんが
外側に下がっているんですよ!
雨戸はこの板間の外にあったので、雨水除けではなさそうです
面白い造りですね^^
そしてこの部屋の床の間は珍しいものがあったんです
床柱には瓢箪と杯の組み木、床框は模様がついていました
大工さん、遊びすぎ?
幕末に建てられたほうの2階部分は梁がむき出しのままでした
『主屋の小屋組は居室上部の梁間3間半の二重梁
土間上部の1間半の下屋を組み合わせて構成されたもので
吉井では古めかしい構造です。』
?????ホワッツ??
書いてあることがさっぱりわかりません^^;
とにかくそういうことです(笑)
こちらは平成3年の台風被害により取り壊すことになっていましたが
うきは市吉井町が町並み保存に取り組んでいることから
所有者の方が吉井町に寄付され、平成9年度に修理復元工事を行ったということです
2階にその当時の写真がかけてありました
あ?、壊されなくてよかったですね
あ、でも官舎に入っていた郵便局長さんは佐藤さん、前の所有者は籠田さん
このお屋敷がある場所はうきは市吉井町若宮
なんで「鏡田屋敷」って言うの?
誰か教えて?!!(笑)
「居蔵の館」のおじさんから勧められたのが「鏡田屋敷」(かがみだやしき)
日田焼きそばを諦めざるを得なかった熟年ふたり(まだ言うか^^;)
「居蔵の館」の素晴らしさに俄然やる気満々
こうなりゃ、とことん吉井を見て歩こうじゃないかということになり「鏡田屋敷」に向かいました


鏡田屋敷(旧籠田家)は、郡役所の官舎として建てられたといわれる屋敷型建造物だそうです
屋敷型建造物とは家屋の周囲を庭園、土蔵、塀で囲んだものということです
正面部分は文久3年(1863年)の建築、背面部分の増築は明治26年(1893年)に行われました
商業の町として繁栄した町並みに合わせ、官舎もそれなりのものを造ったということでしょうかね
おや、門はありませんが、鉤形になっていて玄関は直接見えません

両方が塀で張り巡らせてありますが、玄関の横の扉からは井戸が見えました


玄関に入ってどなたかおられると思ったのですが、姿はありません
右手には土間が続いていました

その先には炊事場

平成になっても住んでおられたらしいと後で聞きました
だから、温水器やガスコンロが置いてあるんですね^^
声はすれども姿なし、どうも2階で説明されているようです
じゃ、と失礼して置いてあったパンフを手に勝手に見学^^;

「お邪魔しま?す!」
まずは説明に書いてあったこの屋敷の一番の見どころに足を踏み入れます♪

2部屋ほど徐々に高くなって段差があるのがわかりますかね?
郡役所の官舎ですから、位の高い役人が居た部屋だと言われているんです
3畳の部屋ですが、まさに“敷居が高く”なっているわけです
一番奥にいた人はどんな顔をして座っていたのでしょうかね^^;

隣の部屋を通って裏に廻るとたらいが見えました

ここはお風呂でしょう
説明の方がおられないので定かではありませんが、隣の2畳の部屋はきっと脱衣所ですね
「居蔵の館」で学習したもんね?♪
この後、お二人のおばさんが戻ってこられ説明をしていただきながらまわりました
早速、さっきの役人部屋の説明、続いて欄間の説明です
組子による装飾が施された欄間だということでした

こちらは明治26年の増築の座敷と大広間、合わせると50畳の広さだとか

ひえ?、こんなに広いとかえって居場所に困る^^;

ここだけでも23畳だって、なんか中途半端な感じ・・・
廊下を隔てて広くて立派な庭があります
ここにもわずかに紅葉が残ってくれていました

この廊下は桜の木が使ってあるというお話でしたが、廊下の修復がおもしろかったんですよ


菱形とか将棋の駒の形がわかりますか
大工さんも粋な小細工をされたもんですね^^
そしてこちらの換気のための障子は引き戸ではなく、パタパタ式?でした

庭にしておくにはもったいないほど広いです(よくわからない^^;)

南側のこちらの廊下からもちがう雰囲気の庭

隣あった部屋はやはり増築された部分ですが
大きな屏風が置いてあったり、柱時計があったり


この柱時計ちゃんと動いていましたよ、懐かしいな?^^
さて2階に上がっていくと、なぜか増築された部屋はそうとうな段差

構造上の問題でしょうけど、これがかえって見晴らしよくなっているんでしょうね

日当たりも眺めも良くて、おそらくこのお屋敷で最高の部屋じゃないでしょうか
えっと、ここは廊下というべきものかどうかよくわかりませんが
外側に下がっているんですよ!

雨戸はこの板間の外にあったので、雨水除けではなさそうです
面白い造りですね^^
そしてこの部屋の床の間は珍しいものがあったんです
床柱には瓢箪と杯の組み木、床框は模様がついていました
大工さん、遊びすぎ?



幕末に建てられたほうの2階部分は梁がむき出しのままでした

『主屋の小屋組は居室上部の梁間3間半の二重梁
土間上部の1間半の下屋を組み合わせて構成されたもので
吉井では古めかしい構造です。』

?????ホワッツ??
書いてあることがさっぱりわかりません^^;
とにかくそういうことです(笑)
こちらは平成3年の台風被害により取り壊すことになっていましたが
うきは市吉井町が町並み保存に取り組んでいることから
所有者の方が吉井町に寄付され、平成9年度に修理復元工事を行ったということです
2階にその当時の写真がかけてありました

あ?、壊されなくてよかったですね
あ、でも官舎に入っていた郵便局長さんは佐藤さん、前の所有者は籠田さん
このお屋敷がある場所はうきは市吉井町若宮
なんで「鏡田屋敷」って言うの?
誰か教えて?!!(笑)

<鏡田屋敷>
[所在地]うきは市吉井町若宮113-1
[見学料] 無料
[見学時間] 9時?17時
[休館日] 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
12月29日から1月3日
[アクセス]地図はコチラ
埼玉西武ライオンズの菊池雄星投手が大手芸能事務所ホリプロと
マネジメント契約を締結し、年明けからサポートしてもらうらしい
「プロ野球選手としての技術向上ならびに人間力向上のため」ということですが
時代が変わったなと思うのは熟年だけですかね^^;
今までスポーツ選手は自身で環境作りをしてきていましたよね
「プライベートな部分で野球に集中できる環境づくり」って?
雄星君、勝負の世界は結果で決まってしまうもの
マネジメントしてもらうのはいいけど、精神面もしっかり鍛えて頑張ってよ^^
さて、筑後吉井を歩いた時のお話
土蔵に入っているうきは市観光協会吉井支局にて行ってみるといいと言われたところが
「居蔵の館」(いぐらのやかた)です
何もわからないままに教えてもらった屋敷に到着
確かに武家屋敷とは違うな^^
そう思いながら表の看板を二人で読んでみました
この屋敷は明治末期に建てられ、大正初期に改築されたもので
精蝋業で財をなした大地主の分家として銀行経営に携わっていた松田家が移り住んだものとか
空き家になっていたところ、旧吉井町が譲渡を受け復元、公開されることとなったようです
豊後街道の宿場町として賑わった吉井の町並みは
江戸末期から明治にかけて大規模な火災に何度も見舞われました
そこで商家や地主は競って火災に耐えられると共に
富を誇示するような豪勢な建築物を建てるようになったということです
ふむふむ、要するに大金持ちのお屋敷っつうことですね^^
世界恐慌や戦争にもめげず、関係者の理解によって破却を免れたというところが
ちょっとばかし引っかかりますが、見てみたい
でも時刻は11時過ぎ、もう日田に行かなければ「日田焼きそば」が食べれない(笑)
「ここに入ったら、もう日田(に行く話)はないね」
う?ん、意地悪ならぼっちです
で、日田の焼きそばを泣く泣く捨て、意を決して入り口の引き戸を開けたのです
決してオーバーな話ではないんです、その時はマヂでした
でも、戸を開けた瞬間にそんなことはどうでもよくなったんです^^
広?い土間に太い柱や梁、ものの見事に引き込まれてしまいました
そうか、この土間が居蔵ということなんですね
そしてなんと無料で見学できるうえに説明もしてくださいます
この方が丁寧な説明をしてくださったおじさん
お名前聞くのを忘れちゃった^^;
まずは荷車が通っていたという土間を抜けて庭の方へ
三連釜戸のある炊事場がありました
羽釜や昔の道具がたくさん置いてあります
奥には使用人が使うお風呂があるんですよ
広い庭の手前には井戸、まだモミジが残っていてくれました^^
吉井でも数ないと言われる“うだつ”がありました
↓左側にある白い「!」マークのついている壁
本来は防火用の袖壁なのですが、いつしか富の象徴を示すものに変化
“うだつ”がある=富、“うだつ”がない=貧となり
「“うだつ”があがらない」の語源になったとか
以前聞いたことがあったのですが、現物を見てはっきりとわかった次第です
さあ、座敷に上がらせていただきましょう
こちらは「オモテナカノマ」といわれる土間から見て真ん中にある部屋
土間を通る際、とても気になっていました
八畳の部屋が吹き抜けになっており、そこにどどどーんとそれはそれは立派な神棚
なんと大工さんによる精巧な造りとなっています
あまりの重厚さに思わずお参りしてしまうらぼっち(笑)
こちらは何をしたところか忘れてしまいましたが
門から玄関までが見える出格子窓になっていました
ガラスの下のところが20cmくらいの出窓になって格子がはめてあります、贅沢だ?
北廊下を挟んで仏間があります
実益と遊び心を兼ねたものが見えますよ^^
こちらは十畳二間続きの座敷、仏間と同じく換気のための障子の小窓があります
形の違いは大工さんの遊び心、壁に隙間が作ってなきゃ開きませんよね
欄間も派手な彫刻が成されていました
ガラスも当時のままだということでした
どおりで今のサッシのガラスとは違い、すこ?し波のようなうねりが入っているような^^
それにしても、窓枠が大きいしガラスもちょっとづつ大きさが違っています
今ではこんなガラスもないのでこの窓を守るため、日々おじさん達は大変です
広い屋敷の全ての雨戸を毎日開けたり閉めたりされているのですから
お次は家人のお風呂です、ここも広い
五右衛門風呂だ?と喜んでいたらこちらは脱衣所ですって!
げげっ、畳じゃん!しかも三畳もある部屋
驚きを通り越して、ちと腹立たしくなってきてしまいました
自慢じゃないけど、我が家はここで生活出来るぞ!
「天井を見て!」と言われてお風呂を見上げると
なんじゃ?こりゃ????
天井板が少しづつずらして隙間が開けてあり蒸気が逃げるようになっているそうです
こちらはお手洗い
廊下があって写真が撮りにくかったのですが
手前が使用人のトイレ、奥が家人のトイレで廊下が扉で仕切られています
そしてもちろん、便器やタイルのグレードが違っていました
天井もやっぱり換気のことが考えられていました
ささ、次は二階にご案内?^^
どっしりピカピカの箱階段を上ります、きゃ?素敵♪
と、上る前におじさんがやおら箱階段の引き出しのひとつを開けました
へ?何もありません
おじさん間違えたようです(笑)
照れ隠しか、二つ三つ開けたあとに取り出されたものがコレ
さてこれは何でしょう?
らぼっちは全くわかりませんでしたが、とっちんは田舎育ちなのですごく懐かしかった?
小学校に入った頃、やっとこれを使えるようになって成長したなと自分で思ったものです^^
これは土蔵の“鍵”なのです
各家の土蔵の扉の厚さによっておじさんが指差された部分の長さが変わります
二階では窓がガラスの入った障子が丸出しの状態
やっぱり雨戸が不可欠です
吹き抜け、上から見ると高ーい、下の様子が丸見えです
こちらにはケヤキで出来た1階から通しの大黒柱が2本あるそうです
長さを聞かなかったけど天井が高いのでかなりあるでしょうね、7?8m?
まずは男柱
そして角が削られた女柱
どちらも太さは同じで一辺が30cmくらいあったでしょうか
通りに面した窓には鉄の扉が設けられ、壁はもちろん軒の裏までも漆喰で塗られていました
窓枠の下のわずか10cmには鏝絵(こてえ)もありました
近くで見るとわりと雑なんですね^^
もう一つの階段を下りるときに見たもの、傘置きでした
なぜ、こんなところに?と聞こうとしたら
おじさんはすでに1階に降りて次の説明をするために戸を外しておられました^^;
オモテノマに置いてあった獅子頭
地元の方が趣味で造っておられるとのこと
もちろん獅子舞で使われるというお話でしたのでらぼっちもちょっと真似事を
本当はもっと獅子をあげないといけないのに重くて上げることができません
らぼっち、力も○○もないのね^^;
こうして滅多に見れない大金持ちのお屋敷を拝見させていただきました
高価な材料を用い、豪華な仕上げを施し、火事にも強い立派なお屋敷でした
30分以上詳しく説明してくださったおじさん、どうもありがとうございました
目をランランと輝かせ獲物を狙ったような熟年に驚かれたことと思います
今後も整備保存することはたいへんだと思いますが
うきは市と地元の方々の熱意で在郷町の町並みを後世に残していってほしいですね
すっかり日田焼きそばのことを忘れていた熟年夫婦でした^^;
明日はここから200mくらい離れたところにある幕末に建てられた官舎のお話です
また屋敷の話かい、と言わずお付き合いくださいね?^^
(“組子”と呼ばれる障子飾り)
マネジメント契約を締結し、年明けからサポートしてもらうらしい
「プロ野球選手としての技術向上ならびに人間力向上のため」ということですが
時代が変わったなと思うのは熟年だけですかね^^;
今までスポーツ選手は自身で環境作りをしてきていましたよね
「プライベートな部分で野球に集中できる環境づくり」って?
雄星君、勝負の世界は結果で決まってしまうもの
マネジメントしてもらうのはいいけど、精神面もしっかり鍛えて頑張ってよ^^
さて、筑後吉井を歩いた時のお話
土蔵に入っているうきは市観光協会吉井支局にて行ってみるといいと言われたところが
「居蔵の館」(いぐらのやかた)です
何もわからないままに教えてもらった屋敷に到着

確かに武家屋敷とは違うな^^
そう思いながら表の看板を二人で読んでみました




この屋敷は明治末期に建てられ、大正初期に改築されたもので
精蝋業で財をなした大地主の分家として銀行経営に携わっていた松田家が移り住んだものとか
空き家になっていたところ、旧吉井町が譲渡を受け復元、公開されることとなったようです
豊後街道の宿場町として賑わった吉井の町並みは
江戸末期から明治にかけて大規模な火災に何度も見舞われました
そこで商家や地主は競って火災に耐えられると共に
富を誇示するような豪勢な建築物を建てるようになったということです
ふむふむ、要するに大金持ちのお屋敷っつうことですね^^
世界恐慌や戦争にもめげず、関係者の理解によって破却を免れたというところが
ちょっとばかし引っかかりますが、見てみたい
でも時刻は11時過ぎ、もう日田に行かなければ「日田焼きそば」が食べれない(笑)
「ここに入ったら、もう日田(に行く話)はないね」
う?ん、意地悪ならぼっちです
で、日田の焼きそばを泣く泣く捨て、意を決して入り口の引き戸を開けたのです
決してオーバーな話ではないんです、その時はマヂでした
でも、戸を開けた瞬間にそんなことはどうでもよくなったんです^^

広?い土間に太い柱や梁、ものの見事に引き込まれてしまいました
そうか、この土間が居蔵ということなんですね
そしてなんと無料で見学できるうえに説明もしてくださいます
この方が丁寧な説明をしてくださったおじさん
お名前聞くのを忘れちゃった^^;

まずは荷車が通っていたという土間を抜けて庭の方へ
三連釜戸のある炊事場がありました

羽釜や昔の道具がたくさん置いてあります
奥には使用人が使うお風呂があるんですよ
広い庭の手前には井戸、まだモミジが残っていてくれました^^

吉井でも数ないと言われる“うだつ”がありました
↓左側にある白い「!」マークのついている壁

本来は防火用の袖壁なのですが、いつしか富の象徴を示すものに変化
“うだつ”がある=富、“うだつ”がない=貧となり
「“うだつ”があがらない」の語源になったとか
以前聞いたことがあったのですが、現物を見てはっきりとわかった次第です
さあ、座敷に上がらせていただきましょう
こちらは「オモテナカノマ」といわれる土間から見て真ん中にある部屋
土間を通る際、とても気になっていました

八畳の部屋が吹き抜けになっており、そこにどどどーんとそれはそれは立派な神棚
なんと大工さんによる精巧な造りとなっています

あまりの重厚さに思わずお参りしてしまうらぼっち(笑)
こちらは何をしたところか忘れてしまいましたが
門から玄関までが見える出格子窓になっていました

ガラスの下のところが20cmくらいの出窓になって格子がはめてあります、贅沢だ?
北廊下を挟んで仏間があります
実益と遊び心を兼ねたものが見えますよ^^

こちらは十畳二間続きの座敷、仏間と同じく換気のための障子の小窓があります
形の違いは大工さんの遊び心、壁に隙間が作ってなきゃ開きませんよね

欄間も派手な彫刻が成されていました

ガラスも当時のままだということでした
どおりで今のサッシのガラスとは違い、すこ?し波のようなうねりが入っているような^^
それにしても、窓枠が大きいしガラスもちょっとづつ大きさが違っています

今ではこんなガラスもないのでこの窓を守るため、日々おじさん達は大変です
広い屋敷の全ての雨戸を毎日開けたり閉めたりされているのですから

お次は家人のお風呂です、ここも広い

五右衛門風呂だ?と喜んでいたらこちらは脱衣所ですって!

げげっ、畳じゃん!しかも三畳もある部屋
驚きを通り越して、ちと腹立たしくなってきてしまいました
自慢じゃないけど、我が家はここで生活出来るぞ!
「天井を見て!」と言われてお風呂を見上げると

なんじゃ?こりゃ????
天井板が少しづつずらして隙間が開けてあり蒸気が逃げるようになっているそうです
こちらはお手洗い

廊下があって写真が撮りにくかったのですが
手前が使用人のトイレ、奥が家人のトイレで廊下が扉で仕切られています
そしてもちろん、便器やタイルのグレードが違っていました
天井もやっぱり換気のことが考えられていました

ささ、次は二階にご案内?^^
どっしりピカピカの箱階段を上ります、きゃ?素敵♪

と、上る前におじさんがやおら箱階段の引き出しのひとつを開けました
へ?何もありません
おじさん間違えたようです(笑)
照れ隠しか、二つ三つ開けたあとに取り出されたものがコレ

さてこれは何でしょう?
らぼっちは全くわかりませんでしたが、とっちんは田舎育ちなのですごく懐かしかった?
小学校に入った頃、やっとこれを使えるようになって成長したなと自分で思ったものです^^
これは土蔵の“鍵”なのです
各家の土蔵の扉の厚さによっておじさんが指差された部分の長さが変わります
二階では窓がガラスの入った障子が丸出しの状態
やっぱり雨戸が不可欠です

吹き抜け、上から見ると高ーい、下の様子が丸見えです

こちらにはケヤキで出来た1階から通しの大黒柱が2本あるそうです
長さを聞かなかったけど天井が高いのでかなりあるでしょうね、7?8m?
まずは男柱

そして角が削られた女柱

どちらも太さは同じで一辺が30cmくらいあったでしょうか
通りに面した窓には鉄の扉が設けられ、壁はもちろん軒の裏までも漆喰で塗られていました
窓枠の下のわずか10cmには鏝絵(こてえ)もありました

近くで見るとわりと雑なんですね^^
もう一つの階段を下りるときに見たもの、傘置きでした

なぜ、こんなところに?と聞こうとしたら
おじさんはすでに1階に降りて次の説明をするために戸を外しておられました^^;
オモテノマに置いてあった獅子頭

地元の方が趣味で造っておられるとのこと
もちろん獅子舞で使われるというお話でしたのでらぼっちもちょっと真似事を

本当はもっと獅子をあげないといけないのに重くて上げることができません
らぼっち、力も○○もないのね^^;
こうして滅多に見れない大金持ちのお屋敷を拝見させていただきました
高価な材料を用い、豪華な仕上げを施し、火事にも強い立派なお屋敷でした
30分以上詳しく説明してくださったおじさん、どうもありがとうございました
目をランランと輝かせ獲物を狙ったような熟年に驚かれたことと思います
今後も整備保存することはたいへんだと思いますが
うきは市と地元の方々の熱意で在郷町の町並みを後世に残していってほしいですね
すっかり日田焼きそばのことを忘れていた熟年夫婦でした^^;
明日はここから200mくらい離れたところにある幕末に建てられた官舎のお話です
また屋敷の話かい、と言わずお付き合いくださいね?^^

(“組子”と呼ばれる障子飾り)
<居蔵の館(いぐらのやかた) 旧松田家>
[所在地]福岡県うきは市吉井町1103-1
[見学料] 無料
[見学時間] 9時?16時30分
[休館日] 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
12月29日から1月3日
[アクセス]地図はコチラ
寒ーーーーい!今晩は雪か?
ラボがファンヒーターの前で動きません
温風が当たっている側だけあっちっち?になってます(笑)
火傷するんじゃないかと思ってはらはらしますが
本人、いや本犬はどこ吹く風、犬のくせに寒いのが嫌いなようです^^;
さあ、懐かしい景色を見ながら日田を目指してひた走ろう(笑)と思った矢先
田主丸付近でとっちんがちょっと駅に行ってみようよと言い出したんです^^
え?、何かで調べた?何があるの?
は?、駅舎が変わってるって?
はい、「田主丸駅」はカッパでした^^
ちなみにホームの方から見ても同じカッパなんだって!
田主丸といえば、カッパにぶどう、それに植木かな
隣町に住んでいた時はそういう印象でした
これは棟続きではあるけれど駅舎といっていいのだろうか
田主丸観光協会が入っていて、二階は河童の資料館となっていました
駅の業務はお隣の平坦な建物のほうです
このカッパの駅舎は平成4年、浮羽工業高校の生徒さんがデザインし
ふるさと創生資金を利用して建てられたもののようです
そうか、平成2年くらいまでしかいなかったからな、知らないはずだ^^;
お、ちょうど列車が入ってきました
日田行きですね、一足先に行っといて(笑)
ホームにもカッパがいましたよ、でもちっともかわいくない^^;
ついでに「筑後吉井駅」にも行ってみました
少し、レトロっぽさのある駅でした
「訪れる人に安らぎを 去り行く人に幸せを!」と書いてありました
駅から1歩出るとタイルが目に入ります
でも1枚だけなのがちょっと寂しいですね^^;
さて、このタイルを見たからというわけじゃなく
この町をちょっとだけ歩いてみようかという気になったのはこんな町並みに入ったから^^
それこそ20年前、仕事で少しは知っていた場所
それなのにこの筑後吉井にこんな古き良き建築物が立ち並んでいたとは・・
平成8年には在郷町としての重要伝統的建造物群保存地区に選定されていました
『久留米と日田を結ぶ豊後街道の宿場町で
江戸時代後半は筑後地方の経済の中心的役割を担う在郷町に発展
明治2年の大火後塗家造が普及し、豊後街道沿いの塗家造の町家群とその北側に広がる屋敷群
吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路が一体となって歴史的風致を形成する』
というのが選定された理由のようですよ
今も白壁土蔵造りの町家約250軒が残っているということです
国道210号線は旧豊後街道、蔵しっく通り(クラシック通り?)と呼ばれています
とっつきには懐かしい昭和レトロバリバリの店
少し行くと大正7年築の碓井家住宅、入母屋造り妻入りで鼠漆喰を主体とした土蔵造りです
呉服屋さんの白壁を飾っている鏝絵(こてえ)
左官がその家の幸せと繁栄を願って描いたものとか
富の象徴として外壁の装飾に用いられたからとかいわれるものです
この旧豊後街道、現在は車の往来が激しい国道です
が、こんな時代もあったんですね
ほぼ同じ場所から写真を撮ってみたのですが、とても不思議な感じでした
昭和3年(1928年)頃まで走っていたようなので古い写真ですね
こちらは明治17年築の矢野家住宅、よくわかりませんでしたが金物屋さんですかね
こんなところから車が入って行きます^^
ここは「あけぼの河童菓庵」というお菓子屋さん、3階建てですよ!
やはり店が河童と付くだけあって鏝絵(こてえ)がカッパです^^
蔵しっく通りから白壁通りに入っていきました
こちらも風情ある佇まいを見せていて、なかなか歩が進みません^^;
ここの水路では偶然カワセミを見ることができたんです
あっという間にいなくなったので、美しい姿をとらえることはできませんでした^^;
ここにも江戸時代からの水路がありました
白壁と丸石積みがとてもいい感じで調和しています^^
こちらは土蔵、うきは市観光協会吉井支局さんが入っています
老朽化していた旧酒蔵を改修して利用しているそうです
駐車場に停めてここに入ったのが運の尽き?いえいえ運がよかったということです
素晴らしいお屋敷に行くことができたのですから^^
そのお話はまた明日?♪
ラボがファンヒーターの前で動きません
温風が当たっている側だけあっちっち?になってます(笑)
火傷するんじゃないかと思ってはらはらしますが
本人、いや本犬はどこ吹く風、犬のくせに寒いのが嫌いなようです^^;
さあ、懐かしい景色を見ながら日田を目指してひた走ろう(笑)と思った矢先
田主丸付近でとっちんがちょっと駅に行ってみようよと言い出したんです^^
え?、何かで調べた?何があるの?
は?、駅舎が変わってるって?

はい、「田主丸駅」はカッパでした^^
ちなみにホームの方から見ても同じカッパなんだって!
田主丸といえば、カッパにぶどう、それに植木かな
隣町に住んでいた時はそういう印象でした
これは棟続きではあるけれど駅舎といっていいのだろうか
田主丸観光協会が入っていて、二階は河童の資料館となっていました




駅の業務はお隣の平坦な建物のほうです
このカッパの駅舎は平成4年、浮羽工業高校の生徒さんがデザインし
ふるさと創生資金を利用して建てられたもののようです
そうか、平成2年くらいまでしかいなかったからな、知らないはずだ^^;
お、ちょうど列車が入ってきました

日田行きですね、一足先に行っといて(笑)
ホームにもカッパがいましたよ、でもちっともかわいくない^^;

ついでに「筑後吉井駅」にも行ってみました

少し、レトロっぽさのある駅でした

「訪れる人に安らぎを 去り行く人に幸せを!」と書いてありました
駅から1歩出るとタイルが目に入ります

でも1枚だけなのがちょっと寂しいですね^^;
さて、このタイルを見たからというわけじゃなく
この町をちょっとだけ歩いてみようかという気になったのはこんな町並みに入ったから^^

それこそ20年前、仕事で少しは知っていた場所
それなのにこの筑後吉井にこんな古き良き建築物が立ち並んでいたとは・・
平成8年には在郷町としての重要伝統的建造物群保存地区に選定されていました
『久留米と日田を結ぶ豊後街道の宿場町で
江戸時代後半は筑後地方の経済の中心的役割を担う在郷町に発展
明治2年の大火後塗家造が普及し、豊後街道沿いの塗家造の町家群とその北側に広がる屋敷群
吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路が一体となって歴史的風致を形成する』
というのが選定された理由のようですよ
今も白壁土蔵造りの町家約250軒が残っているということです
国道210号線は旧豊後街道、蔵しっく通り(クラシック通り?)と呼ばれています
とっつきには懐かしい昭和レトロバリバリの店

少し行くと大正7年築の碓井家住宅、入母屋造り妻入りで鼠漆喰を主体とした土蔵造りです


呉服屋さんの白壁を飾っている鏝絵(こてえ)
左官がその家の幸せと繁栄を願って描いたものとか
富の象徴として外壁の装飾に用いられたからとかいわれるものです

この旧豊後街道、現在は車の往来が激しい国道です

が、こんな時代もあったんですね

ほぼ同じ場所から写真を撮ってみたのですが、とても不思議な感じでした
昭和3年(1928年)頃まで走っていたようなので古い写真ですね
こちらは明治17年築の矢野家住宅、よくわかりませんでしたが金物屋さんですかね

こんなところから車が入って行きます^^

ここは「あけぼの河童菓庵」というお菓子屋さん、3階建てですよ!

やはり店が河童と付くだけあって鏝絵(こてえ)がカッパです^^

蔵しっく通りから白壁通りに入っていきました
こちらも風情ある佇まいを見せていて、なかなか歩が進みません^^;

ここの水路では偶然カワセミを見ることができたんです
あっという間にいなくなったので、美しい姿をとらえることはできませんでした^^;

ここにも江戸時代からの水路がありました
白壁と丸石積みがとてもいい感じで調和しています^^

こちらは土蔵、うきは市観光協会吉井支局さんが入っています
老朽化していた旧酒蔵を改修して利用しているそうです

駐車場に停めてここに入ったのが運の尽き?いえいえ運がよかったということです
素晴らしいお屋敷に行くことができたのですから^^
そのお話はまた明日?♪
<田主丸駅>
[所在地]福岡県久留米市田主丸町田主丸
[アクセス]地図はコチラ
<うきは市観光協会吉井支局(土蔵)>
[所在地]福岡県うきは市吉井町1043-2
[TEL]0943-76-3980
[営業時間] 9:00?17:00
[休業] 毎週月曜日(祝日の場合翌日)、12/29?1/3
[アクセス]地図はコチラ
11日の土曜、忘年会明けのらぼっちを拾いドライブを強行^^
行く先はまだゆっくり歩いたことのない日田♪
下調べもバッチリで楽しみにしておりました
そこで20年くらい前、久留米の近くに住んでいたこともあり
久留米ICで高速を降り、寄り道しながら国道を行こうということに^^
それが幸か不幸か、番狂わせの始まりだったのですが(笑)
まず、“のほほん仙隊ジンジャラー”としては寺も外せないだろうと
地名にもなっている久留米市の善導寺に行ってみることにしました
さすがお寺の町、街灯がおもしろいですね^^
道中は雨が降っていましたが、着いた頃はどうにか止んでくれました
実はこの善導寺、確か次男の七五三で参拝したところ・・・だと思っていました
んん??高千穂神社の二の舞か?(笑)
善導寺に近づいても、門を前にしても二人とも????
こんな長い参道は通ってないぞ、たしか・・
国指定の有形文化財が多いですね?
全く知りませんでした^^;
入り口からこの「大門」まで50mくらいあったでしょうか
慶安4年(1651)建立で当寺内で最古の建物だとか、なかなか荘厳な感じです
後でわかったのですが、善導寺は安産祈願で有名だそうで、参道の大門を通り三門まで行く間に
最初に男性に会えば男の子、女性に会えば女の子が生まれるという話があるということです
そんなことは熟年には関係ない話ですが、誰にも会うことはありませんでした
暢気に歩いている人なんかいるはずありませんよね^^;
大門から100m近く歩いて、「三門」に着きました
山門とも書くそうですが案内板には大きく三門と記されています
右側に下馬と彫られた石柱、武士でも馬に乗れるのはここまでだったんですね
この門も立派な造りだと思うのですが、国の有形文化財に指定されてはいないのですね
三門を入ると右側の宝物殿の前には「鎮西聖光上人之像」
法然上人の直弟子が聖光上人であり「淨土宗の第ニ祖上人」ともいわれています
聖光上人の呼び名の他に「鎮西(ちんぜい)上人」「弁長(べんちょう)上人」などがあるようです
おっと、左側にはりっぱな樟がありますよ
思わず見上げてしまいます^^
境内はこんな感じ、かなり広くちょっと寄ったくらいじゃまわりきれません^^;
まだ来たことがあるのかどうなのかはっきりせず、あたりをきょろきょろ!
ありゃ?、さっきの樟に酔いしれている場合じゃありませんでした
もっとすんばらしい樟ちゃんがこちらにどどーんと立っていたじゃありませんか@@
苔むしているだけじゃなく、3本あるせいかここだけ空気が違っているんですよ♪
なんだか“こだま”がひょこっと出てきそう^^
裏にまわってみるとぱっくり割れている箇所が!
でも樹勢に影響はなさそうで、どの枝も元気よく伸びていました
樹齢800年、県の天然記念物に指定されていますが
あれ? 2本? 3本あるんだけどな?
一番小さいのが外されているんでしょうが、かわいそうだから3本にしてほしいところです
そして一緒に書いてあったもうひとつの県の天然記念物「菩提樹」2本はたぶんコレです
釈迦がそこの木の下で「悟りを開いた」といわれ、寺院の庭園にはよく植えられているとか
樟に比べると小さいし、ちょっと地味^^;
花が咲いている時に見るとその気持ちが多少わかるかもしれません
こちらは釈迦堂
中が見れるように木の扉が開いていたので金網ごしに覗いてみました
すると目にも眩しい釈迦如来像が見えたのです♪
さあ、本堂に行ってみましょう
なんだか奥のほうはいろんなところが工事中で、三祖堂や庫裡書院などは見ることができません
ここまで来て熟年ふたり、「やっぱり来とら?ん!」と声を揃えて言ったのです
あらぬ勘違いだったのか?
じゃ、じゃ、次男の七五三参りはどこでしたんじゃ???
ふたりの頭の中は遠い記憶を呼び戻そうにも、どうも色あせ過ぎて霞んでしまっているようです(笑)
こんな立派な本堂なのに・・・
参拝者がちらほら見えてきました
最後に鐘楼堂です
「鐘は突かないでください」と書いてありました^^;
こちらは南門
参拝者はここから出入りされていました
いや?、さすがに江戸時代の古刹、広大な敷地にとても静かな佇まいでした
立ち寄ってみてよかった?^^
で、次男の七五三はどこでお参りしたんだろうと帰ってからアルバムを開いてみましたよ
そうしたら・・・
なんと、あの大樟の前でにこやかにポーズを取っている長男とおめかしした次男のふたりの写真
それにスーツ姿のらぼっちも本堂の前で堂々と次男と写ってるし、おいって!!
わ?、らぼっち若?い(笑)
いやいや、そこじゃなくて・・
とっちんは、娘が生まれたばかりで病院にいたんだ
おばあちゃんに手伝いに来てもらっていたので、ばあちゃんも写ってる
車は南門のほうの駐車場に置いて、参道は通っていませんでした
あ?あ、記憶というのはこうもあやふやなもんでしょうか?
それとも少々ボケが始まったのか?
笑い話にもできない出来事でした、ふ?っ^^;
行く先はまだゆっくり歩いたことのない日田♪
下調べもバッチリで楽しみにしておりました
そこで20年くらい前、久留米の近くに住んでいたこともあり
久留米ICで高速を降り、寄り道しながら国道を行こうということに^^
それが幸か不幸か、番狂わせの始まりだったのですが(笑)
まず、“のほほん仙隊ジンジャラー”としては寺も外せないだろうと
地名にもなっている久留米市の善導寺に行ってみることにしました

さすがお寺の町、街灯がおもしろいですね^^
道中は雨が降っていましたが、着いた頃はどうにか止んでくれました
実はこの善導寺、確か次男の七五三で参拝したところ・・・だと思っていました
んん??高千穂神社の二の舞か?(笑)
善導寺に近づいても、門を前にしても二人とも????

こんな長い参道は通ってないぞ、たしか・・
国指定の有形文化財が多いですね?
全く知りませんでした^^;


入り口からこの「大門」まで50mくらいあったでしょうか


慶安4年(1651)建立で当寺内で最古の建物だとか、なかなか荘厳な感じです

後でわかったのですが、善導寺は安産祈願で有名だそうで、参道の大門を通り三門まで行く間に
最初に男性に会えば男の子、女性に会えば女の子が生まれるという話があるということです

そんなことは熟年には関係ない話ですが、誰にも会うことはありませんでした
暢気に歩いている人なんかいるはずありませんよね^^;
大門から100m近く歩いて、「三門」に着きました
山門とも書くそうですが案内板には大きく三門と記されています
右側に下馬と彫られた石柱、武士でも馬に乗れるのはここまでだったんですね



この門も立派な造りだと思うのですが、国の有形文化財に指定されてはいないのですね
三門を入ると右側の宝物殿の前には「鎮西聖光上人之像」
法然上人の直弟子が聖光上人であり「淨土宗の第ニ祖上人」ともいわれています
聖光上人の呼び名の他に「鎮西(ちんぜい)上人」「弁長(べんちょう)上人」などがあるようです

おっと、左側にはりっぱな樟がありますよ
思わず見上げてしまいます^^

境内はこんな感じ、かなり広くちょっと寄ったくらいじゃまわりきれません^^;

まだ来たことがあるのかどうなのかはっきりせず、あたりをきょろきょろ!
ありゃ?、さっきの樟に酔いしれている場合じゃありませんでした
もっとすんばらしい樟ちゃんがこちらにどどーんと立っていたじゃありませんか@@

苔むしているだけじゃなく、3本あるせいかここだけ空気が違っているんですよ♪

なんだか“こだま”がひょこっと出てきそう^^
裏にまわってみるとぱっくり割れている箇所が!
でも樹勢に影響はなさそうで、どの枝も元気よく伸びていました


樹齢800年、県の天然記念物に指定されていますが
あれ? 2本? 3本あるんだけどな?
一番小さいのが外されているんでしょうが、かわいそうだから3本にしてほしいところです

そして一緒に書いてあったもうひとつの県の天然記念物「菩提樹」2本はたぶんコレです


釈迦がそこの木の下で「悟りを開いた」といわれ、寺院の庭園にはよく植えられているとか
樟に比べると小さいし、ちょっと地味^^;
花が咲いている時に見るとその気持ちが多少わかるかもしれません
こちらは釈迦堂


中が見れるように木の扉が開いていたので金網ごしに覗いてみました
すると目にも眩しい釈迦如来像が見えたのです♪

さあ、本堂に行ってみましょう
なんだか奥のほうはいろんなところが工事中で、三祖堂や庫裡書院などは見ることができません


ここまで来て熟年ふたり、「やっぱり来とら?ん!」と声を揃えて言ったのです
あらぬ勘違いだったのか?
じゃ、じゃ、次男の七五三参りはどこでしたんじゃ???
ふたりの頭の中は遠い記憶を呼び戻そうにも、どうも色あせ過ぎて霞んでしまっているようです(笑)
こんな立派な本堂なのに・・・

参拝者がちらほら見えてきました
最後に鐘楼堂です


「鐘は突かないでください」と書いてありました^^;
こちらは南門
参拝者はここから出入りされていました

いや?、さすがに江戸時代の古刹、広大な敷地にとても静かな佇まいでした
立ち寄ってみてよかった?^^

で、次男の七五三はどこでお参りしたんだろうと帰ってからアルバムを開いてみましたよ
そうしたら・・・
なんと、あの大樟の前でにこやかにポーズを取っている長男とおめかしした次男のふたりの写真
それにスーツ姿のらぼっちも本堂の前で堂々と次男と写ってるし、おいって!!
わ?、らぼっち若?い(笑)
いやいや、そこじゃなくて・・
とっちんは、娘が生まれたばかりで病院にいたんだ
おばあちゃんに手伝いに来てもらっていたので、ばあちゃんも写ってる
車は南門のほうの駐車場に置いて、参道は通っていませんでした
あ?あ、記憶というのはこうもあやふやなもんでしょうか?
それとも少々ボケが始まったのか?
笑い話にもできない出来事でした、ふ?っ^^;
<善導寺>
[所在地]福岡県久留米市善導寺町飯田550
[アクセス]地図はコチラ
高千穂から椎葉ミステリーツアーに拡大になってこの日の〆は巨樹です^^
「のほほん仙隊ジンジャラー」は巨樹に始まり巨樹で終わるのであった(笑)
で、本当は順番が違うのですが、都合上こちらを先にご紹介します
ふふ、見えていますね「祇園の大ヒノキ」と!
しかしテルルさん達、よくこんなところ見つけられたな?
穴場の中の穴場ですよ、ここは☆
こちらは五ヶ瀬町にあります
国道265号線から看板に沿って脇道に入り3kmほど進むとこの入口たどり着きます
なになに?
『このヒノキは、永い間ベールにつつまれていたが
平成12年に五ヶ瀬町「地域のお宝探し」でにわかに脚光を浴びるようになった』?
つい最近まで集落の人だけが知っていたという「秘密のヒノキ」だったんだ^^
40年ほど前に周辺で杉の植林が行われて、ますます隠れていったようですね
おっと、説明板の横にはちょうど杖が4本置いてありました
坂道をちょっと不安ならぼっちは当然、テルルさんは付き合いで杖を持ちます
「いざ!大ヒノキへ」と思ったら着きました、早っ(笑)
看板に100mって書いてあるじゃん^^
おおー!!
坂道を下った先に枝の広がりこそあまりないですが、真っ直ぐに伸びたヒノキが待っていてくれました
5時をまわっていたので写真に撮りづらく色あいが出ていません
でも、樹齢は700?800年といわれているようで、実際見てみるとすごいんですよ?
なんでも『悠久の時を刻む「神の手」』と産経新聞に掲載されたとか
本当に手のように見えますね
1、2、3・・・あ、神の手は指が8本ある!(笑)
幹のところに覗き込むと穴が開いていました
こういうところから朽ちていったりしないのかな
これからも地域に守られながら長生きして欲しいな^^
最後にその周辺をうろうろしていたら、なんと墓石が倒れたまんまで!
わ?、ここには神様だけじゃなく仏様もいらっしゃったんだ
どおりで少し寒気も感じたような気がする^^;
そして次に紹介するのはこの「八村杉」の次に訪れた「大久保の大ヒノキ」です
これを見たらなぜ順番を逆にしたか分かるっていうもんでしょ^^
ここまで来るとかなりの標高になってきました
駐車場に上がる道が狭くて本当にここかと思うほどでしたが
たぶん私有地なのに、立派な駐車場が用意されていました
ここも国指定天然記念物ですからね、さあ、参りますよ?♪
2?300mくらい歩くと着きます、そろそろです^^
「うっほーーー!こ、これはすごい!」
こんな言葉では表せられないほどのヒノキが目の前に立っていました
ヒノキは火の木とも言われていますが
殺菌作用もあってまわりにあまり雑草とか雑木が生えないと石橋博士から聞きました
確かにまわりはとてもきれいでした
遊歩道が整備され手入れも行き届いているからでしょう
テルルさん進入禁止ですよ、鍵開きませんから^^
角度を変えて見ると枝の張り具合の素晴らしさがよくわかります
なかなか全容がカメラに収まらないので
とっちんが遊歩道からもっと上の方まで上がってみました
すんばらしい!!
思わず拍手をしたくなるくらい、ある意味これは芸術です♪
このお二人にはこの大ケヤキはどう映っているのでしょうか^^
奥の方から見るとまた違った雰囲気、ほっそりとしたスタイルです
ぐるっとまわって今度は下から見上げてみましょう
杉林をバックに堂々とした主役を演じています
本当に今にも動き出しそうだったんですから^^
左側に子ヒノキを大事そうに抱えていました
こういうのを見ると集落の人が
「気が優しく女の木である」と言ってるらしいのがわかるような気がします
帰りは、馬見原の「肉のみやべ」さんで揚げたてあっつあっつの桜コロッケをいただきました^^
ひょっとこ二人ともお腹がへっていたのでしょう、食らいついています(笑)
いや?、今回のミステリーツアーもとても楽しませていただきました
変更もあり?の、ハラハラドキドキもあり?の
ミステリーならではの緊迫感?醍醐味?も味わえました(笑)
mamさん、運転お疲れ様でした^^
またおみやげもいただいちゃいました
叙々苑の「キムチチゲ」(パタさん御用達?)
mamさんのご実家でできたどでかい柚子
「のほほん仙隊ジンジャラー」は巨樹に始まり巨樹で終わるのであった(笑)
で、本当は順番が違うのですが、都合上こちらを先にご紹介します

ふふ、見えていますね「祇園の大ヒノキ」と!
しかしテルルさん達、よくこんなところ見つけられたな?
穴場の中の穴場ですよ、ここは☆
こちらは五ヶ瀬町にあります
国道265号線から看板に沿って脇道に入り3kmほど進むとこの入口たどり着きます

なになに?
『このヒノキは、永い間ベールにつつまれていたが
平成12年に五ヶ瀬町「地域のお宝探し」でにわかに脚光を浴びるようになった』?
つい最近まで集落の人だけが知っていたという「秘密のヒノキ」だったんだ^^
40年ほど前に周辺で杉の植林が行われて、ますます隠れていったようですね
おっと、説明板の横にはちょうど杖が4本置いてありました

坂道をちょっと不安ならぼっちは当然、テルルさんは付き合いで杖を持ちます

「いざ!大ヒノキへ」と思ったら着きました、早っ(笑)
看板に100mって書いてあるじゃん^^

おおー!!
坂道を下った先に枝の広がりこそあまりないですが、真っ直ぐに伸びたヒノキが待っていてくれました
5時をまわっていたので写真に撮りづらく色あいが出ていません
でも、樹齢は700?800年といわれているようで、実際見てみるとすごいんですよ?

なんでも『悠久の時を刻む「神の手」』と産経新聞に掲載されたとか
本当に手のように見えますね
1、2、3・・・あ、神の手は指が8本ある!(笑)
幹のところに覗き込むと穴が開いていました

こういうところから朽ちていったりしないのかな
これからも地域に守られながら長生きして欲しいな^^

最後にその周辺をうろうろしていたら、なんと墓石が倒れたまんまで!
わ?、ここには神様だけじゃなく仏様もいらっしゃったんだ
どおりで少し寒気も感じたような気がする^^;
そして次に紹介するのはこの「八村杉」の次に訪れた「大久保の大ヒノキ」です
これを見たらなぜ順番を逆にしたか分かるっていうもんでしょ^^
ここまで来るとかなりの標高になってきました
駐車場に上がる道が狭くて本当にここかと思うほどでしたが
たぶん私有地なのに、立派な駐車場が用意されていました
ここも国指定天然記念物ですからね、さあ、参りますよ?♪

2?300mくらい歩くと着きます、そろそろです^^

「うっほーーー!こ、これはすごい!」
こんな言葉では表せられないほどのヒノキが目の前に立っていました


ヒノキは火の木とも言われていますが
殺菌作用もあってまわりにあまり雑草とか雑木が生えないと石橋博士から聞きました
確かにまわりはとてもきれいでした
遊歩道が整備され手入れも行き届いているからでしょう
テルルさん進入禁止ですよ、鍵開きませんから^^

角度を変えて見ると枝の張り具合の素晴らしさがよくわかります

なかなか全容がカメラに収まらないので
とっちんが遊歩道からもっと上の方まで上がってみました

すんばらしい!!
思わず拍手をしたくなるくらい、ある意味これは芸術です♪
このお二人にはこの大ケヤキはどう映っているのでしょうか^^

奥の方から見るとまた違った雰囲気、ほっそりとしたスタイルです

ぐるっとまわって今度は下から見上げてみましょう

杉林をバックに堂々とした主役を演じています
本当に今にも動き出しそうだったんですから^^

左側に子ヒノキを大事そうに抱えていました
こういうのを見ると集落の人が
「気が優しく女の木である」と言ってるらしいのがわかるような気がします
帰りは、馬見原の「肉のみやべ」さんで揚げたてあっつあっつの桜コロッケをいただきました^^

ひょっとこ二人ともお腹がへっていたのでしょう、食らいついています(笑)


いや?、今回のミステリーツアーもとても楽しませていただきました
変更もあり?の、ハラハラドキドキもあり?の
ミステリーならではの緊迫感?醍醐味?も味わえました(笑)
mamさん、運転お疲れ様でした^^
またおみやげもいただいちゃいました
叙々苑の「キムチチゲ」(パタさん御用達?)
mamさんのご実家でできたどでかい柚子
キムチチゲ、とても美味しくいただきました^^
風味豊かな柚子も1個はすでになく、1個は刻んで冷凍してあります
お正月に活躍しそうです^^
テルルさん、mamさん、どうもありがとうございましたm(__)m
お世話になりました!
<祇園の大ヒノキ>
[所在地]宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町鞍岡笠部
[樹齢] 推定700?800年
[樹高] 27m
[幹周] 7.82m
[アクセス]地図はコチラ
<大久保の大ヒノキ>
[所在地]宮崎県東臼杵郡椎葉村大久保
[指定] 国指定天然記念物(平成6年3月2日)
[樹齢] 推定800年
[樹高] 32m
[幹周] 9.3m
[枝張] 東西32m、南北30m
[アクセス]地図はコチラ
とっちんは今朝からバドミントンの試合
ということで、こんな時は撮り貯めているビデオでも見ながら
まったりと、らぼっちが記事をまとめました^^
で、今見始めたのがBS連続ドラマW「パンドラ? 飢餓列島」
このBSドラマシリーズって、いつも良い役者を使って筋書きが面白い♪
世界の天候不順から日本が飢餓に襲われるカウントダウンが始まった
生育期間が通常の1/4という神の食糧ゴッドコーンは人類を救えるのか
はたまた人類破滅のパンドラの種だったのか!
ニャハハ、キーボードを叩く手が進まない
ん?頭が回転していないともいう(笑)
さて、高千穂ミステリーツアーの続きです
行き先を全く知らない熟年ふたりは手のじさんのカローラに
乗せられるがまま、連れて行かれるがまま^^
お二人といえば焼肉の食事後もこの後の行程をどうしようかと悩んでおりました
時間がまきまき状態だったこともあり
どれをあきらめるかというお話のようですけどね^^
ということで、残る高千穂スポットをやめることになりました
そしてそしてこの後はなんと熊本県をかすめて1時間かけ椎葉に行くことに!!
はい、椎葉ミステリーツアーに変更です♪
なあに、熟年だってよくあること^^
ちょっと車内の様子を一枚♪
ナビの位置が助手席側にあるんですよ、操作担当はテルルさん
ドライブのときは常にツーショットですからそちら側にあっても問題なしですね^^
1時間かけて着いたところは、椎葉村の「十根川神社」です
何にもない田舎の風景に見えるでしょ
ところがどっこい、この中に国指定天然記念物が隠されているんですよ^^
案内にしたがって、ぬかるんだ参道を歩きましたが
上りきったらちゃんと駐車スペースがありました^^
十根川神社では国指定重要無形民族文化財である「十根川神楽」でも知られています
鳥居の後ろには、なにやら大きなものが見えているではありませんか^^
ん?入口にこんな標柱を見つけたので大声で読み上げると
さっそくイチイガシに抱きつく般若1、2号♪
らぼっちだけが抱きついていたわけではないんですよ^^
地味な周りの冬色が、社殿の朱色をさらに鮮明に浮かび上がらせています
おっと、まずはお参り、お参り!
でも、この日の目的は社殿の裏に見えているあれ!
さあ、早く裏に回り込むよ
どどーん♪
平家追討の使那須の大八郎宗八の手植えと伝えられる国指定重要天然記念物「八村杉」です
十根川神社が八村大明神と呼ばれていたことからこの名前となったそうです
とてつもない根回りの太さ、そして天を見上げるほどの高さ
そして、これだけの大きさでありながら均整のとれた美しさ♪
真っ直ぐと伸びたその姿は神が舞い降りるには充分すぎる道しるべです
見上げすぎると、首は痛くなり、卒倒しそうになりますので要注意!!
これまで見た中では最も大きかった英彦山の大王杉よりも
幹周り、樹高とも大きい!!
テルルさんはどのように切り取るんでしょうか^^
調べたら、もともとこの杉は傾斜地に立っており、そこを数m埋め立てて平地にしたとのこと
ならば、本来の太さも高さもまだ真実は地中にあるということか!
テルルさんがアングルを決める横で、mamさんがドングリを無心に拾っています♪
帰りの鳥居の前での、のほほんひとコマ・・・のはず^^
ここはもう一つの見どころがあります
この椎葉村十根川にある11軒の集落は「重要伝統的建造物群保存区」に指定されています
周辺の山々と石垣が調和した美しい景観も撮らないとね

先程の八村杉が頭一つ出ているのがよくわかりますが
テルルさんは何を狙っているのでしょう^^
さて、お次のミステリーはどこかな
でもこの案内看板にはもう一つ気になる情報が・・・
ということで、こんな時は撮り貯めているビデオでも見ながら
まったりと、らぼっちが記事をまとめました^^
で、今見始めたのがBS連続ドラマW「パンドラ? 飢餓列島」
このBSドラマシリーズって、いつも良い役者を使って筋書きが面白い♪
世界の天候不順から日本が飢餓に襲われるカウントダウンが始まった
生育期間が通常の1/4という神の食糧ゴッドコーンは人類を救えるのか
はたまた人類破滅のパンドラの種だったのか!
ニャハハ、キーボードを叩く手が進まない
ん?頭が回転していないともいう(笑)
さて、高千穂ミステリーツアーの続きです
行き先を全く知らない熟年ふたりは手のじさんのカローラに
乗せられるがまま、連れて行かれるがまま^^
お二人といえば焼肉の食事後もこの後の行程をどうしようかと悩んでおりました
時間がまきまき状態だったこともあり
どれをあきらめるかというお話のようですけどね^^
ということで、残る高千穂スポットをやめることになりました
そしてそしてこの後はなんと熊本県をかすめて1時間かけ椎葉に行くことに!!
はい、椎葉ミステリーツアーに変更です♪
なあに、熟年だってよくあること^^
ちょっと車内の様子を一枚♪

ナビの位置が助手席側にあるんですよ、操作担当はテルルさん
ドライブのときは常にツーショットですからそちら側にあっても問題なしですね^^
1時間かけて着いたところは、椎葉村の「十根川神社」です
何にもない田舎の風景に見えるでしょ
ところがどっこい、この中に国指定天然記念物が隠されているんですよ^^



案内にしたがって、ぬかるんだ参道を歩きましたが
上りきったらちゃんと駐車スペースがありました^^

十根川神社では国指定重要無形民族文化財である「十根川神楽」でも知られています
鳥居の後ろには、なにやら大きなものが見えているではありませんか^^
ん?入口にこんな標柱を見つけたので大声で読み上げると

さっそくイチイガシに抱きつく般若1、2号♪
らぼっちだけが抱きついていたわけではないんですよ^^

地味な周りの冬色が、社殿の朱色をさらに鮮明に浮かび上がらせています
おっと、まずはお参り、お参り!

でも、この日の目的は社殿の裏に見えているあれ!

さあ、早く裏に回り込むよ
どどーん♪

平家追討の使那須の大八郎宗八の手植えと伝えられる国指定重要天然記念物「八村杉」です
十根川神社が八村大明神と呼ばれていたことからこの名前となったそうです

とてつもない根回りの太さ、そして天を見上げるほどの高さ
そして、これだけの大きさでありながら均整のとれた美しさ♪
真っ直ぐと伸びたその姿は神が舞い降りるには充分すぎる道しるべです

見上げすぎると、首は痛くなり、卒倒しそうになりますので要注意!!
これまで見た中では最も大きかった英彦山の大王杉よりも
幹周り、樹高とも大きい!!
テルルさんはどのように切り取るんでしょうか^^

調べたら、もともとこの杉は傾斜地に立っており、そこを数m埋め立てて平地にしたとのこと
ならば、本来の太さも高さもまだ真実は地中にあるということか!

テルルさんがアングルを決める横で、mamさんがドングリを無心に拾っています♪
帰りの鳥居の前での、のほほんひとコマ・・・のはず^^

ここはもう一つの見どころがあります
この椎葉村十根川にある11軒の集落は「重要伝統的建造物群保存区」に指定されています

周辺の山々と石垣が調和した美しい景観も撮らないとね


先程の八村杉が頭一つ出ているのがよくわかりますが
テルルさんは何を狙っているのでしょう^^

さて、お次のミステリーはどこかな
でもこの案内看板にはもう一つ気になる情報が・・・

<八村杉>
[指定]国指定天然記念物(1935年6月7日)
[所在地]宮崎県東臼杵郡椎葉村下福良
[幹周]13.3m
[樹高]54m
[樹齢]800年
[アクセス]地図はコチラ
今日は、夕べ忘年会で泊まりだったらぼっちを拾ってドライブしてきました
予定では日田方面に行くつもりで下調べもバッチリしたのですが
なんのことはない、大分県境までも行き着きませんでした^^;
でも、熟年の興味津々な場所を巡ってきましたので
そのお話はおいおいと^^
さて、昨日の続きです
分厚い高千穂牛をしっかり堪能した後の行程を熟年は知りませんでした
そりゃ、ミステリーですからね、当たり前です^^
すべてはテルルさんとmamさんの思うがまま♪
肉の匂いをぷんぷんさせて乗り込んだ車の中でふと高千穂神社の話になりました
「今さら高千穂神社でもないよね」
『のほほん仙隊ジンジャラー』はマニアックなところが好みなのでして^^
「こんなメジャーなところ、もう行ったことあるし」
「そうそう、行ったことあるもんね、たぶん・・・?」
でも誰もどんなところだったかまったく思い出せず高千穂神社の前に近づきました
「もしかしてここ?ここには来たことないんじゃ?」
ぎゃははは、実は誰もここを訪れていなかったんです(笑)
なんということでしょう、天孫降臨の地でまさかのこんな失態^^;
それじゃと急遽カローラちゃんを駐車場に入れます
見上げた鳥居は銅製?英彦山神社と同じものかな?
鳥居をくぐるとすぐにドングリ弾の攻撃が(笑)
よかった、誰も被害に遭わなくて^^;
狛犬も大きくて木漏れ日のなかで堂々としていました
なんだかこの辺りから空気がどんどん変わってきたような気がします
巨樹の会会長のらぼっちがその役目を果たさんと目についたものに近づこうとします
でも、そこを阻止して最初にすべきことをしなければ!
拝殿、あまりにも厳かな感じで息苦しく、少しため息をついてからお参りです
やっぱりここはメジャーですね
参拝者がとても多かったです
天孫降臨の伝承地を古くから守ってきた高干穂神社
神社の伝承では、天慶年問(平安時代938年-947年)の創建だそうで
高千穂八十八社の総社でもあり、国運の隆昌、縁結び、交通安全、厄除けの神様です^^
らぼっちが最初に近づいたのは「秩父杉」なんです
800年程前、鎌倉将軍源頼朝の命で秩父の畠山重忠が代参し植えたとされているんですね
幹周715cm、樹高55mですって!
枝が上の方にしかないので、表情的にはシンプルですが
真っ直ぐ天に向かって伸びている様を見ると
まさしく神がここに降り立つところなんじゃないかと思えるほどでした
そして拝殿の横には「夫婦杉」
根元が一つになって如何なる事があっても別れられない形なんだそうです
この廻りを二人が手をつないで3回廻ると三つの願いが叶ったんですって
らぼっちは知っていたのに廻ろうと言ってきませんでした
今さら必要ないと思ったのか??
いや違うな、ただ恥ずかしいと思ったでけでしょう
でも熟年ふたりが見ている限りでは誰も廻ってなかったぞ
もしかしてこっそりテルルさんとmamさんが廻ってたりして^^
ここで国の重要文化財に指定されている源頼朝奉納の鋳鉄製の狛犬の場所を
mamさんから教えてもらったのですが
写真がどうしても撮りにくいところに鎮座してるんで、これが精一杯^^;
狛犬にはちょっと見えにくいですね?
鉄像は銅像に比べると複雑な形の鋳造や細かい仕上げが難しいらしいです
でも鎌倉時代の同時期の木彫のものと比較しても遜色がないとか
へ?、これがね?、よくわかりません^^;
あ、らぼっちまたやってる!
この木は名も無い境内にあった杉なんです
今までパワー貰えたと思ったことないはずなのに、性懲りもなく抱きついてます(笑)
は、この根っこはどの木のもの?もしかしてあの夫婦杉?
国指定重要文化財の本殿です

五問社流造(ごげんしゃながれづくり)?このことかな・・
こちらには高千穂神社の主祭神である三毛入野命(ミケヌノミコト)が
悪神「鬼八」を退治したとされる彫刻がありました
鬼八は阿蘇の神話でも登場しますよね
健磐龍命から逃げる鬼八は穿戸岩を蹴破って、この高千穂へ逃げてきたとも言われています
でもここでも踏みつけられているのね^^
そしてその横には「鎮石」(しずめいし)
若いファミリーが一生懸命説明を読んでいます
どれどれ?
熟年ふたりが読んでいるとさっきの若夫婦、何を思ったか
柵の間から手を伸ばしおもむろに鎮石を撫で始めるじゃありませんか@@
あ、びっくりして石の写真がな?い^^;
祈るといいとは書いてありますが、撫でても構わないんですかね
この家族にいいことがあるといいのですけど^^
手のじのお二人はというと、思い思いに写真を撮っておいででした♪
本当はまだまだゆっくりしたかったのですが
なにしろ予定外ですから、30分の時間は仕方ないということでみんな納得
今回、しかと高千穂神社を脳裏に刻むことができてよかったです^^
さあ、ちょっと時間がおしてきましたよ
ところが、このあととんでもないところへ行くことに!
テルルさ?ん、今回は高千穂ミステリーツアーじゃなかったの??
これぞ本当の意味のミステリーだったのです、きゃ?(笑)
予定では日田方面に行くつもりで下調べもバッチリしたのですが
なんのことはない、大分県境までも行き着きませんでした^^;
でも、熟年の興味津々な場所を巡ってきましたので
そのお話はおいおいと^^
さて、昨日の続きです
分厚い高千穂牛をしっかり堪能した後の行程を熟年は知りませんでした
そりゃ、ミステリーですからね、当たり前です^^
すべてはテルルさんとmamさんの思うがまま♪
肉の匂いをぷんぷんさせて乗り込んだ車の中でふと高千穂神社の話になりました
「今さら高千穂神社でもないよね」
『のほほん仙隊ジンジャラー』はマニアックなところが好みなのでして^^
「こんなメジャーなところ、もう行ったことあるし」
「そうそう、行ったことあるもんね、たぶん・・・?」
でも誰もどんなところだったかまったく思い出せず高千穂神社の前に近づきました
「もしかしてここ?ここには来たことないんじゃ?」
ぎゃははは、実は誰もここを訪れていなかったんです(笑)
なんということでしょう、天孫降臨の地でまさかのこんな失態^^;
それじゃと急遽カローラちゃんを駐車場に入れます
見上げた鳥居は銅製?英彦山神社と同じものかな?

鳥居をくぐるとすぐにドングリ弾の攻撃が(笑)

よかった、誰も被害に遭わなくて^^;
狛犬も大きくて木漏れ日のなかで堂々としていました


なんだかこの辺りから空気がどんどん変わってきたような気がします

巨樹の会会長のらぼっちがその役目を果たさんと目についたものに近づこうとします
でも、そこを阻止して最初にすべきことをしなければ!
拝殿、あまりにも厳かな感じで息苦しく、少しため息をついてからお参りです

やっぱりここはメジャーですね
参拝者がとても多かったです
天孫降臨の伝承地を古くから守ってきた高干穂神社
神社の伝承では、天慶年問(平安時代938年-947年)の創建だそうで
高千穂八十八社の総社でもあり、国運の隆昌、縁結び、交通安全、厄除けの神様です^^

らぼっちが最初に近づいたのは「秩父杉」なんです

800年程前、鎌倉将軍源頼朝の命で秩父の畠山重忠が代参し植えたとされているんですね
幹周715cm、樹高55mですって!

枝が上の方にしかないので、表情的にはシンプルですが
真っ直ぐ天に向かって伸びている様を見ると
まさしく神がここに降り立つところなんじゃないかと思えるほどでした
そして拝殿の横には「夫婦杉」

根元が一つになって如何なる事があっても別れられない形なんだそうです

この廻りを二人が手をつないで3回廻ると三つの願いが叶ったんですって
らぼっちは知っていたのに廻ろうと言ってきませんでした
今さら必要ないと思ったのか??
いや違うな、ただ恥ずかしいと思ったでけでしょう
でも熟年ふたりが見ている限りでは誰も廻ってなかったぞ
もしかしてこっそりテルルさんとmamさんが廻ってたりして^^
ここで国の重要文化財に指定されている源頼朝奉納の鋳鉄製の狛犬の場所を
mamさんから教えてもらったのですが
写真がどうしても撮りにくいところに鎮座してるんで、これが精一杯^^;

狛犬にはちょっと見えにくいですね?
鉄像は銅像に比べると複雑な形の鋳造や細かい仕上げが難しいらしいです
でも鎌倉時代の同時期の木彫のものと比較しても遜色がないとか
へ?、これがね?、よくわかりません^^;
あ、らぼっちまたやってる!

この木は名も無い境内にあった杉なんです
今までパワー貰えたと思ったことないはずなのに、性懲りもなく抱きついてます(笑)
は、この根っこはどの木のもの?もしかしてあの夫婦杉?

国指定重要文化財の本殿です


五問社流造(ごげんしゃながれづくり)?このことかな・・

こちらには高千穂神社の主祭神である三毛入野命(ミケヌノミコト)が
悪神「鬼八」を退治したとされる彫刻がありました
鬼八は阿蘇の神話でも登場しますよね
健磐龍命から逃げる鬼八は穿戸岩を蹴破って、この高千穂へ逃げてきたとも言われています
でもここでも踏みつけられているのね^^


そしてその横には「鎮石」(しずめいし)
若いファミリーが一生懸命説明を読んでいます

どれどれ?

熟年ふたりが読んでいるとさっきの若夫婦、何を思ったか
柵の間から手を伸ばしおもむろに鎮石を撫で始めるじゃありませんか@@
あ、びっくりして石の写真がな?い^^;
祈るといいとは書いてありますが、撫でても構わないんですかね
この家族にいいことがあるといいのですけど^^
手のじのお二人はというと、思い思いに写真を撮っておいででした♪


本当はまだまだゆっくりしたかったのですが
なにしろ予定外ですから、30分の時間は仕方ないということでみんな納得
今回、しかと高千穂神社を脳裏に刻むことができてよかったです^^

さあ、ちょっと時間がおしてきましたよ
ところが、このあととんでもないところへ行くことに!
テルルさ?ん、今回は高千穂ミステリーツアーじゃなかったの??
これぞ本当の意味のミステリーだったのです、きゃ?(笑)
<高千穂神社>
[所在地]西臼杵郡高千穂町大字三田井1037
[駐車場]無料50台
[アクセス]地図はコチラ
今晩、らぼっちは忘年会、ちょっと遠方まで行ってます^^
ラボとま?ったりしたいところですが、なぜかバタバタ
体を動かしていてもちっともはかどらない^^;
要するに計画性に欠けてるってことですね
やれやれ、今年もあと3週間、どうなることやらです
さて、今日は高千穂ミステリーツアーでの食事のお話ですよん^^
高千穂で食事といったら、パルママさんやユカさんが行かれてたお店に行ってみた?い♪
ということで手のじご夫婦と一緒に向かったそのお店とは、
「焼肉と御食事の店 初栄」 さんです
隣りにある「肉の正木屋」の直営店らしいです、そちらは見てないけど・・^^;
奥に駐車場がありますよ
「は?熟年が焼肉?めっずらしい?」と思われるでしょ^^
でも、ここの肉は高千穂牛、そんじょそこらの肉とは違うらしいんです
あはは、ここで昼食というのも決まっていたというものですね(笑)
でも日曜日の午後12時半、有名店なので満席だったらどうしようと恐る恐る覗いてみました
すると、あにはからんや店内はガ?ラガラ、先客はご婦人が一人でした
既に戦闘体制に入っていた4人、肩透かしを食らったような気分のまま、一番奥の席に陣取りました
だいたい決めてはいましたが、メニューを拝見^^
二組とも仲良く、ミニステーキの「ミニ定食」とロース肉の「特上焼肉定食」を注文^^
わ?、いつもの熟年のランチからするとお値段の違いが甚だしいです?
何事も“挑戦”でした(笑)
店内の写真を撮るテルルさん
畳にへばりついてもっとローアングルでも撮っておられました
さあ、肉が運ばれてきましたよ
ミニ定食のミニステーキ、うわ、ごつい!
そして、特上焼肉定食のロースです、うっ、やっぱり脂が・・・^^;
野菜をみるとほっとします(笑)
さあ???、焼きますよ?!!
もちろんロースの方が先に焼けました
自家製のタレでいただきます
このタレがよくあるピリ辛っていう感じじゃなく、フルーツの甘さもあるような
とってもさっぱりした味でした、美味しい♪
ロースによく合う、と言いたいところですが
とっちんはこの霜降り肉のとろけるような甘いようなところが苦手でやんす^^;
なのでこのロースは一枚でギブでした
みんな「口の中でトロケル?♪、あま?い♪、超うま?い♪」と表現されるのでしょうが・・・
このお二人はいかがだったのでしょうか?
お、ミニステーキも焼けました
こちらは鉄板の上でフォークで切り、からし醤油でいただきました
九州特有の甘めの醤油がいいそうです
お店の方が「ミニステーキは4人とも食べられるんでしょ?」と
鉄板をわざわざ4枚持ってきてくださったんです
「いや?、すみません」とご好意を素直に受け入れましたが
熟年は二人とも鉄板の片隅しか使っていませんでした、貧乏性?(笑)
これ、当然ですが表面を焼いただけの超レアでイケます^^
からし醤油って初めてでしたが、意外にも肉がうま?いじゃありませんか♪
臭みなどまったくなく、こちらはノルマ?の二切れをぺろっと食べてしまいました
「ほ?、どーした、食べられたじゃん」とらぼっちが不思議そうな目でとっちんを見る見る(笑)
定食にはご飯と赤だし、サラダ、漬物がついておりました
途中、あまりのうまさに静か?になるときも、言葉はいらないようです^^
実は、とっちんの実家では黒毛和牛を飼っているんです
京阪神方面ではちょっといい値で取り引きされたりもします
以前は、実家に帰ると子供達も6人揃うことから、焼肉でもてなしてもくれました
もちろん実家の牛ではありませんが、用意してくれた肉は食べれたもんです
たま?に焼肉レストランで食事に誘われた時に
口にする肉を美味しいと思ったことはほとんどありません
でも、ここ初栄のミニステーキは確かに「うまい!」と感じました
どうもご馳走様でした♪
高千穂の余韻も冷めやらぬ月曜からとっちんは顔がヒリヒリかさかさに^^;
普通は『肉』食ったら、肌ががツルツルてかてかになるんじゃないの??
まだなんとなくかゆいんです
久しぶりに珍しいものを食したからなのかな、美味しかったのにショック(泣)
らぼっちはメタボがいつも以上に気になっている様子
美味しいものを食べた反動はえらいことになるから 寒さに負けず歩こう?ね^^
ラボとま?ったりしたいところですが、なぜかバタバタ
体を動かしていてもちっともはかどらない^^;
要するに計画性に欠けてるってことですね
やれやれ、今年もあと3週間、どうなることやらです
さて、今日は高千穂ミステリーツアーでの食事のお話ですよん^^
高千穂で食事といったら、パルママさんやユカさんが行かれてたお店に行ってみた?い♪
ということで手のじご夫婦と一緒に向かったそのお店とは、
「焼肉と御食事の店 初栄」 さんです
隣りにある「肉の正木屋」の直営店らしいです、そちらは見てないけど・・^^;
奥に駐車場がありますよ

「は?熟年が焼肉?めっずらしい?」と思われるでしょ^^
でも、ここの肉は高千穂牛、そんじょそこらの肉とは違うらしいんです
あはは、ここで昼食というのも決まっていたというものですね(笑)
でも日曜日の午後12時半、有名店なので満席だったらどうしようと恐る恐る覗いてみました
すると、あにはからんや店内はガ?ラガラ、先客はご婦人が一人でした
既に戦闘体制に入っていた4人、肩透かしを食らったような気分のまま、一番奥の席に陣取りました
だいたい決めてはいましたが、メニューを拝見^^

二組とも仲良く、ミニステーキの「ミニ定食」とロース肉の「特上焼肉定食」を注文^^
わ?、いつもの熟年のランチからするとお値段の違いが甚だしいです?
何事も“挑戦”でした(笑)
店内の写真を撮るテルルさん
畳にへばりついてもっとローアングルでも撮っておられました

さあ、肉が運ばれてきましたよ
ミニ定食のミニステーキ、うわ、ごつい!

そして、特上焼肉定食のロースです、うっ、やっぱり脂が・・・^^;

野菜をみるとほっとします(笑)

さあ???、焼きますよ?!!

もちろんロースの方が先に焼けました
自家製のタレでいただきます

このタレがよくあるピリ辛っていう感じじゃなく、フルーツの甘さもあるような
とってもさっぱりした味でした、美味しい♪
ロースによく合う、と言いたいところですが
とっちんはこの霜降り肉のとろけるような甘いようなところが苦手でやんす^^;
なのでこのロースは一枚でギブでした
みんな「口の中でトロケル?♪、あま?い♪、超うま?い♪」と表現されるのでしょうが・・・
このお二人はいかがだったのでしょうか?

お、ミニステーキも焼けました
こちらは鉄板の上でフォークで切り、からし醤油でいただきました
九州特有の甘めの醤油がいいそうです
お店の方が「ミニステーキは4人とも食べられるんでしょ?」と
鉄板をわざわざ4枚持ってきてくださったんです
「いや?、すみません」とご好意を素直に受け入れましたが
熟年は二人とも鉄板の片隅しか使っていませんでした、貧乏性?(笑)

これ、当然ですが表面を焼いただけの超レアでイケます^^
からし醤油って初めてでしたが、意外にも肉がうま?いじゃありませんか♪
臭みなどまったくなく、こちらはノルマ?の二切れをぺろっと食べてしまいました
「ほ?、どーした、食べられたじゃん」とらぼっちが不思議そうな目でとっちんを見る見る(笑)
定食にはご飯と赤だし、サラダ、漬物がついておりました



途中、あまりのうまさに静か?になるときも、言葉はいらないようです^^

実は、とっちんの実家では黒毛和牛を飼っているんです
京阪神方面ではちょっといい値で取り引きされたりもします
以前は、実家に帰ると子供達も6人揃うことから、焼肉でもてなしてもくれました
もちろん実家の牛ではありませんが、用意してくれた肉は食べれたもんです
たま?に焼肉レストランで食事に誘われた時に
口にする肉を美味しいと思ったことはほとんどありません
でも、ここ初栄のミニステーキは確かに「うまい!」と感じました
どうもご馳走様でした♪

高千穂の余韻も冷めやらぬ月曜からとっちんは顔がヒリヒリかさかさに^^;
普通は『肉』食ったら、肌ががツルツルてかてかになるんじゃないの??
まだなんとなくかゆいんです
久しぶりに珍しいものを食したからなのかな、美味しかったのにショック(泣)
らぼっちはメタボがいつも以上に気になっている様子
美味しいものを食べた反動はえらいことになるから 寒さに負けず歩こう?ね^^
<初栄>
[所在地] 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井10
[TEL] 0982-72-3965
[営業時間] 11:00?14:00、17:00?21:00
[店休日] 月曜日
[駐車場] 店の奥に有
[アクセス] 地図はコチラ
今回の手のじご夫婦との高千穂ミステリーツアーのメインは
『高千穂あまてらす鉄道のスーパーカートに乗ろう♪』でした
パルママさんのところで拝見してから、ずっと行きた?いと思っていたのです
へへ、今回もミステリーではありますが、これだけは決まっていました^^
9月にお二人は行かれていたのでそのおもしろさは体験済み
熟年はちゃっかりお二人にのっかっちゃったというわけなのです
午前中に乗っておこうとのことで、やってきました高千穂駅!
晴れ渡った空の下、思ったよりも広い構内が眼下に見えました
駐車場に車を停め、駅まで降りていきます
駅の前や駅舎の中には地域の皆さんに支えられながら
頑張っている「高千穂あまてらす鉄道」の心意気が感じられますね
この「高千穂あまてらす鉄道」は2008年4月1日に
2006年設立の神話高千穂トロッコ鉄道株式会社から改称されたんですね
1935年国有鉄道として誕生、1989年には第3セクターTR高千穂鉄道として運営が移管
ところが2005年9月の台風14号により、橋桁は落ち、橋脚には亀裂
濁流に流された線路は至る所でレールが沈んだり宙に浮いたりと
多くの場所で壊滅的な被害を受けました
この直後、仕事で日之影町に行ったらぼっちは、その凄まじさに言葉を失ったのを覚えています
今、「高千穂あまてらす鉄道」は誇りある地方鉄道として高千穂線の復活を目指しながら
鉄道公園の実現を訴えているところだということです
おっと前置きが長くなってしまった^^;
着いたのは10時半頃、すぐさま乗れるということでしたので早速
じゃーん!これがスーパーカートですよ
あ、あまりに興奮し過ぎて間近での写真を撮り忘れ、遠くからのをトリミングしちゃいました(笑)
黄色い車体がかわいい?♪新車になっているとのお話でした
さあ、それでは高千穂駅、出発進行?!!
運転手さんは、こちらの方
この高千穂鉄道を愛してやまないというお気持ちが言葉の端々にうかがえました^^
寒いだろうとかわいい柄のひざ掛け毛布を貸していただいたので快調に乗ることができます
この方はのっけから前かがみで線路に釘付けです

なかなかスピード感がありますよ
ただ、板ベンチになっているので尻が痛い^^;
でも景色は思ってた以上にGOODです♪
あ、トンネルだ!
当たり前ですが、暗い、寒い、そして音が反響してうるさい^^;
ですが、これがスーパーカートの醍醐味でしょう
超気持ちいい?♪
mamさんもとびっきりの笑顔です^^
は、もう天岩戸駅が見えてきた、早っ!
はい、8月9日から高千穂駅?天岩戸駅までの片道2.1?往復4.2?の運行となったようです
片道正味7分間の“スーパーカートの旅”です^^
カートを降りても足の振動が止まらず、バイブ状態でした^^;
テルルさんは既に降りて高千穂鉄橋を激写中です
じゃ、真似してらぼっちも
思いっきり逆光で迫力がイマイチでした^^;
ここでスーパーカートをじっくり見学、ヘッドは高千穂神楽のお面
軌道の保線作業などの際に使用する小型エンジンがついているようです
このひなびた感じの駅、これがいいんだよな?^^
ここで運転手のおじさん、秘密の通路を教えてくださり(・・ってホームの下じゃん^^)
そこをくぐって高千穂鉄橋を見ることに
子供の頃のお話をされながらも、ここから先は私有地なので入れないことを強調されます
はい、人に迷惑を掛けることはしたくありませんから^^;
天岩戸駅を出発する前に、おじさんが記念撮影してくださいました
げっ、お二人さん遊びすぎです、知らんかった?^^
帰りは前の方に熟年を乗させてもらっての走行です
おじさんは後ろの邪魔にならないよう、ほぼ座っての運転、たいへんだったでしょうね
後ろのカメラマン二人は・・っと、あれ???
素晴らしい風景にも出会えますよ
夏場の暑いさなか、5年間使われてなかった箇所の草刈りが行われたり
スーパーカート維持のため、関係各所に働きかけたりと
地域の皆さんのこの高千穂鉄道への思いは並々ならぬものがあると感じました
来年の3月いっぱいまではこのスーパーカートは運行とのこと
その後はどうなるんでしょうね?
動画も撮影したのでどうぞ!
風を切る気分が少しだけ味わえますよ^^
こうして往復20分の旅が終わり、公園となっている駅構内を見学することに
とっちんが信号機を撮っていたら、向かい側に似たようなこと考えている人が^^
帽子を借りて車掌さんポーズのmamさんを愛情たっぷりに撮ってるテルルさん

今は動いてない車両、なんとなく寂しそうに並んでいました
らぼっち運転手、「出発進行?!」って動きませんから^^;
隣にはいろんな資料が展示してありました
お、手のじご夫婦はmamさんが運転手ですね^^
置いてあったヘルメットを被ったmamさんとらぼっち
「異常なーし!」なんちゃって^^;
ミニカーを撮っていたらなぜか写ってたお二人さん
後できたファミリーに帽子を渡すと、にこにこ顔で被っていました
ちょっと大きいね^^
駅舎には干し柿が吊るしてありました
駅でこういう光景は珍しいでしょ、カートの運転手さんが干されたみたいです
この方は元高千穂鉄道の運転士、齊藤さんです
現在は甘木鉄道で運転士をされているとのこと、え、この前甘鉄の横通ったし^^;
駅の前には高千穂地方の民家が複製してありました
この後、105mという東洋一の高さを誇る高千穂鉄橋を下から見ようと車で移動
ナビを手がかりに進むのですが、見えなかったり木が邪魔だったり
ようやく鉄橋が見えるところに来ましたが、遠??い^^;
もう少し近くまでと、下まで行くとまたしても木が^^;
それならと、また違う道を探すと絶景の場所がありました
どうだ!!
空がきれいだったので、青い色に映える映える♪
いや?、中から外から楽しめた「高千穂あまてらす鉄道」でした^^
皆さんも高千穂鉄道復興への夢をかけたスーパーカートに乗ってみませんか?
そしてそれが応援となれば嬉しいですね
甦れ高千穂線! 高千穂あまてらす鉄道株式会社のHPはコチラから
『高千穂あまてらす鉄道のスーパーカートに乗ろう♪』でした
パルママさんのところで拝見してから、ずっと行きた?いと思っていたのです
へへ、今回もミステリーではありますが、これだけは決まっていました^^
9月にお二人は行かれていたのでそのおもしろさは体験済み
熟年はちゃっかりお二人にのっかっちゃったというわけなのです
午前中に乗っておこうとのことで、やってきました高千穂駅!
晴れ渡った空の下、思ったよりも広い構内が眼下に見えました

駐車場に車を停め、駅まで降りていきます

駅の前や駅舎の中には地域の皆さんに支えられながら
頑張っている「高千穂あまてらす鉄道」の心意気が感じられますね




この「高千穂あまてらす鉄道」は2008年4月1日に
2006年設立の神話高千穂トロッコ鉄道株式会社から改称されたんですね
1935年国有鉄道として誕生、1989年には第3セクターTR高千穂鉄道として運営が移管
ところが2005年9月の台風14号により、橋桁は落ち、橋脚には亀裂
濁流に流された線路は至る所でレールが沈んだり宙に浮いたりと
多くの場所で壊滅的な被害を受けました
この直後、仕事で日之影町に行ったらぼっちは、その凄まじさに言葉を失ったのを覚えています
今、「高千穂あまてらす鉄道」は誇りある地方鉄道として高千穂線の復活を目指しながら
鉄道公園の実現を訴えているところだということです
おっと前置きが長くなってしまった^^;
着いたのは10時半頃、すぐさま乗れるということでしたので早速
じゃーん!これがスーパーカートですよ
あ、あまりに興奮し過ぎて間近での写真を撮り忘れ、遠くからのをトリミングしちゃいました(笑)

黄色い車体がかわいい?♪新車になっているとのお話でした
さあ、それでは高千穂駅、出発進行?!!

運転手さんは、こちらの方

この高千穂鉄道を愛してやまないというお気持ちが言葉の端々にうかがえました^^
寒いだろうとかわいい柄のひざ掛け毛布を貸していただいたので快調に乗ることができます

この方はのっけから前かがみで線路に釘付けです

なかなかスピード感がありますよ
ただ、板ベンチになっているので尻が痛い^^;
でも景色は思ってた以上にGOODです♪

あ、トンネルだ!

当たり前ですが、暗い、寒い、そして音が反響してうるさい^^;
ですが、これがスーパーカートの醍醐味でしょう
超気持ちいい?♪

mamさんもとびっきりの笑顔です^^

は、もう天岩戸駅が見えてきた、早っ!

はい、8月9日から高千穂駅?天岩戸駅までの片道2.1?往復4.2?の運行となったようです
片道正味7分間の“スーパーカートの旅”です^^
カートを降りても足の振動が止まらず、バイブ状態でした^^;
テルルさんは既に降りて高千穂鉄橋を激写中です

じゃ、真似してらぼっちも

思いっきり逆光で迫力がイマイチでした^^;
ここでスーパーカートをじっくり見学、ヘッドは高千穂神楽のお面
軌道の保線作業などの際に使用する小型エンジンがついているようです


このひなびた感じの駅、これがいいんだよな?^^

ここで運転手のおじさん、秘密の通路を教えてくださり(・・ってホームの下じゃん^^)
そこをくぐって高千穂鉄橋を見ることに


子供の頃のお話をされながらも、ここから先は私有地なので入れないことを強調されます

はい、人に迷惑を掛けることはしたくありませんから^^;
天岩戸駅を出発する前に、おじさんが記念撮影してくださいました

げっ、お二人さん遊びすぎです、知らんかった?^^
帰りは前の方に熟年を乗させてもらっての走行です
おじさんは後ろの邪魔にならないよう、ほぼ座っての運転、たいへんだったでしょうね
後ろのカメラマン二人は・・っと、あれ???

素晴らしい風景にも出会えますよ

夏場の暑いさなか、5年間使われてなかった箇所の草刈りが行われたり
スーパーカート維持のため、関係各所に働きかけたりと
地域の皆さんのこの高千穂鉄道への思いは並々ならぬものがあると感じました

来年の3月いっぱいまではこのスーパーカートは運行とのこと
その後はどうなるんでしょうね?
動画も撮影したのでどうぞ!
風を切る気分が少しだけ味わえますよ^^
こうして往復20分の旅が終わり、公園となっている駅構内を見学することに

とっちんが信号機を撮っていたら、向かい側に似たようなこと考えている人が^^

帽子を借りて車掌さんポーズのmamさんを愛情たっぷりに撮ってるテルルさん

今は動いてない車両、なんとなく寂しそうに並んでいました

らぼっち運転手、「出発進行?!」って動きませんから^^;

隣にはいろんな資料が展示してありました



お、手のじご夫婦はmamさんが運転手ですね^^

置いてあったヘルメットを被ったmamさんとらぼっち
「異常なーし!」なんちゃって^^;

ミニカーを撮っていたらなぜか写ってたお二人さん

後できたファミリーに帽子を渡すと、にこにこ顔で被っていました
ちょっと大きいね^^

駅舎には干し柿が吊るしてありました
駅でこういう光景は珍しいでしょ、カートの運転手さんが干されたみたいです

この方は元高千穂鉄道の運転士、齊藤さんです
現在は甘木鉄道で運転士をされているとのこと、え、この前甘鉄の横通ったし^^;

駅の前には高千穂地方の民家が複製してありました

この後、105mという東洋一の高さを誇る高千穂鉄橋を下から見ようと車で移動
ナビを手がかりに進むのですが、見えなかったり木が邪魔だったり
ようやく鉄橋が見えるところに来ましたが、遠??い^^;

もう少し近くまでと、下まで行くとまたしても木が^^;

それならと、また違う道を探すと絶景の場所がありました
どうだ!!

空がきれいだったので、青い色に映える映える♪

いや?、中から外から楽しめた「高千穂あまてらす鉄道」でした^^
皆さんも高千穂鉄道復興への夢をかけたスーパーカートに乗ってみませんか?
そしてそれが応援となれば嬉しいですね
甦れ高千穂線! 高千穂あまてらす鉄道株式会社のHPはコチラから
<高千穂あまてらす鉄道株式会社>
[所在地]宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井1425-1
[TEL]0982-72-3216
[開園時間]10時?16時
[入場料] 100円(環境整備費)
[スーパーカート維持管理費]高校生以上 700円
小・中学生 500円
未就学児が 300円
[定休日]水曜日、木曜日
[アクセス]地図はコチラ
5日の日曜日は当ブログでお馴染みの「手のじ行くバイ」のご夫婦とまたまたドライブ
今回は手のじ家のカローラ号に乗せていただき、西原村から高森へ^^
空はピーカン、俵山できれいに金峰山と普賢岳が重なった風景を観ることができました
山裾にたなびいているグレーっぽい霞はなんだろか?
風もなく風車はどれも止まったまま、お仕事してない^^;
朝8時頃に我が家を出発したもので、車も少なくす?いすい♪
宮崎県に突入?^^
途中、トイレ休憩をしながらもテルルさんプロデュースの神社を二つばかりすっ飛ばし
なぜかって?
そりゃ?この4人が揃ったら20分で神社を観てまわるなんてとうてい無理じゃないですか(笑)
テルルさんの苦渋の決断だったわけです^^;
そうしてカローラ号の中はいつものように賑やかなうちに最初の目的地に着きました
「八幡大神社」です
どうですか?のっけからインパクト大でしょ♪
そこに隠れるように鳥居があるんです^^
最初に目に飛び込んできたのは杉ですが、ただの杉じゃありません
「逆杉」(さかさすぎ)と言われている杉です
平家追討にまつわる樹齢800年の雄姿
杉の穂を逆さに挿してよく根付いたなと現実的なことを思った熟年は全く夢がない^^;
おお、こちらは4人が舞い上がるくらい巨樹オンパレードの地のようです
案内図は木の名前ばかり^^
テルルさん、ナイスです!
おや、こちらは神社でしたよね
なぜに仁王様が立っておられるのでしょう
お社に向かって右側にはこんなお方^^
後ろにそそり立っているのは、島原の乱にまつわる「有馬杉」(ありますぎ)
樹齢は400年に満たないのですが、なかなか立派です
左側のお方
こちらを見てうっすら赤く色が付いていることを確認
手に持っておられるのは何でしょう、拍子木のような・・まさか^^;
その横には、どどーーんと国の天然記念物に指定されている樹齢800年のイチョウが!
うんうん、お見事!としか言いようがない^^
立派に育ちまくっているこんなイチョウはあまり見たことありません
なに?鶏足寺の和尚さんが比叡山延暦寺から持ち帰り植樹?
はは?ん、だから仁王像があったり、隣にこんな場所があったんだ
階段の上にはひょっとこのテルルさんとらぼっち^^
何を見ていたかというと、こんな景色
後ろを振り返る?のが好きなひょっとこ達でした(笑)
拝殿ですよ
創建は建久3年(1192年)、宝治2年(1248年)現在地に社殿を建立
御祭神 ホンダワケ、タマヨリヒメノミコト、神功皇后を祀ってあります
育児、必勝、安産の神様だそうです
まずはお参りお参り^^
育児?もういいか、安産?必要ないね、じゃ必勝かというとこれも違って
いつものようにみんなの健康を祈っておきました
見上げた4人が見たものは鳩(たぶん)とあまりかわいくない動物
拝殿の後ろに見えるのはもうひとつの国指定
コレは最後のお楽しみ^^
テルルさんのカメラにはどんなショットが入ったのかな^^
造りや彫刻の話で盛り上がる3人
らぼっちはこんな角度で覗き見
へ?、大分ほどではないにしても彫刻が凝っていますよ
そ・し・てじゃ?んこれまた樹齢800年のケヤキです
このケヤキも古くからの歴史を見守り続けてきたんですね^^
いくら広角にしても正面からは入りきらないんで分割します(笑)
樹高は40m近くあるそうです
幹はこんな感じ、かなり太めな幹まわり14m
帰り際、とっちんはパワーをいただくために有馬杉様にピトッ!

mamさんは遠慮がちに杉に手を当てて!
らぼっちは逆杉様に密着?!

あ?あ、パワーもらえたのか吸い取られたのか、あさましい格好^^;
一発目からそれはそれは素晴らしいところでありました
ちょっと国道からは入り込んでいましたが、またそこがいいのかも^^
いや?、よかったよかった♪
さあ、いつのまにか40分も経ってしまいました(やっぱりね^^;)
集落の奥に見えた茶畑を見て、次に参りましょうか♪
今回は手のじ家のカローラ号に乗せていただき、西原村から高森へ^^
空はピーカン、俵山できれいに金峰山と普賢岳が重なった風景を観ることができました

山裾にたなびいているグレーっぽい霞はなんだろか?
風もなく風車はどれも止まったまま、お仕事してない^^;

朝8時頃に我が家を出発したもので、車も少なくす?いすい♪
宮崎県に突入?^^
途中、トイレ休憩をしながらもテルルさんプロデュースの神社を二つばかりすっ飛ばし
なぜかって?
そりゃ?この4人が揃ったら20分で神社を観てまわるなんてとうてい無理じゃないですか(笑)
テルルさんの苦渋の決断だったわけです^^;
そうしてカローラ号の中はいつものように賑やかなうちに最初の目的地に着きました
「八幡大神社」です

どうですか?のっけからインパクト大でしょ♪
そこに隠れるように鳥居があるんです^^

最初に目に飛び込んできたのは杉ですが、ただの杉じゃありません
「逆杉」(さかさすぎ)と言われている杉です


平家追討にまつわる樹齢800年の雄姿
杉の穂を逆さに挿してよく根付いたなと現実的なことを思った熟年は全く夢がない^^;
おお、こちらは4人が舞い上がるくらい巨樹オンパレードの地のようです
案内図は木の名前ばかり^^

テルルさん、ナイスです!
おや、こちらは神社でしたよね
なぜに仁王様が立っておられるのでしょう
お社に向かって右側にはこんなお方^^

後ろにそそり立っているのは、島原の乱にまつわる「有馬杉」(ありますぎ)


樹齢は400年に満たないのですが、なかなか立派です
左側のお方

こちらを見てうっすら赤く色が付いていることを確認
手に持っておられるのは何でしょう、拍子木のような・・まさか^^;
その横には、どどーーんと国の天然記念物に指定されている樹齢800年のイチョウが!

うんうん、お見事!としか言いようがない^^
立派に育ちまくっているこんなイチョウはあまり見たことありません


なに?鶏足寺の和尚さんが比叡山延暦寺から持ち帰り植樹?
はは?ん、だから仁王像があったり、隣にこんな場所があったんだ

階段の上にはひょっとこのテルルさんとらぼっち^^

何を見ていたかというと、こんな景色

後ろを振り返る?のが好きなひょっとこ達でした(笑)
拝殿ですよ

創建は建久3年(1192年)、宝治2年(1248年)現在地に社殿を建立
御祭神 ホンダワケ、タマヨリヒメノミコト、神功皇后を祀ってあります
育児、必勝、安産の神様だそうです
まずはお参りお参り^^
育児?もういいか、安産?必要ないね、じゃ必勝かというとこれも違って
いつものようにみんなの健康を祈っておきました
見上げた4人が見たものは鳩(たぶん)とあまりかわいくない動物


拝殿の後ろに見えるのはもうひとつの国指定
コレは最後のお楽しみ^^

テルルさんのカメラにはどんなショットが入ったのかな^^

造りや彫刻の話で盛り上がる3人

らぼっちはこんな角度で覗き見

へ?、大分ほどではないにしても彫刻が凝っていますよ

そ・し・てじゃ?んこれまた樹齢800年のケヤキです

このケヤキも古くからの歴史を見守り続けてきたんですね^^


いくら広角にしても正面からは入りきらないんで分割します(笑)
樹高は40m近くあるそうです

幹はこんな感じ、かなり太めな幹まわり14m

帰り際、とっちんはパワーをいただくために有馬杉様にピトッ!

mamさんは遠慮がちに杉に手を当てて!

らぼっちは逆杉様に密着?!

あ?あ、パワーもらえたのか吸い取られたのか、あさましい格好^^;
一発目からそれはそれは素晴らしいところでありました
ちょっと国道からは入り込んでいましたが、またそこがいいのかも^^
いや?、よかったよかった♪
さあ、いつのまにか40分も経ってしまいました(やっぱりね^^;)
集落の奥に見えた茶畑を見て、次に参りましょうか♪

<八幡大神社>
[所在地]宮崎県西臼杵郡高千穂町大字下野569
[アクセス]地図はコチラ

十月桜です
ここのは毎年この時季、花をつけていますが、今年は9月末からこんなにたくさ?ん咲いています
もしかして木にくっついたままプリザーブドフラワーになったんじゃ・・
なんてことを思ってしまいました^^
今日は二十四節気のひとつ「大雪」
暦通りに山間部では今晩、雪が積もるという予報です
熊本市内ではどうでしょうね
もしかしたら雪が舞ったりするのでしょうか
県内、この冬は例年より厳しい寒さになるとの長期予報
ついこの前まで暖かかったのがうそのようです^^;
はい、では豊後大野市のドライブ、最後の場所のお話です
紅葉は終わってるよね、でもライトアップはこの日までだしと
行こうかどうしようかと悩んだ末、日が傾いた4時半頃に着いたのが「用作公園」
「ゆうじゃくこうえん」て言いますよね^^
この公園の名前をいくら訂正しても「ようじゃくこうえん」と言ってしまうのがらぼっち^^;
もともと地頭の用作田「ようさくでん」がなまって伝わったとか
なかなか読めないので、なまらなくてもよかったのに、ね!

ここは岡藩第一家老、中川平右衛門の別荘地というからすごいです
よかった?、まだ、なんとなく紅葉が残っているようで

ここ第一駐車場のところなんですが
熟年より少し早めに着いたらしい3?4人のおばさま方、この木の下で盛んに記念撮影
「ちょっとここでばかり写真撮っても仕方ないよ、早くまわらないと暗くなるし」
と言いつつ、その場から離れず撮り続けていました(笑)
そうそう早くまわらないとね^^

こちらは神社でしょうか、風に吹き飛ばされたりしないかな^^;

まだどうにか残っている紅葉

左手に行くとー、洋式教練?

これか

家族連れがいると、そういうところだったとは思えないくらいのどかです
今が盛りの紅葉の木の隣にはとっくに葉が散ってしまった木
種類が違うのか、木によって違うのかおもしろいですね

池の向こう側には、狛犬のような石碑のようなものがありました


歌が書いてあるようですが、はっきり言って読めませんでした(笑)
でもこの愛嬌のある顔には思わず微笑んでしまいます


ライトもこんな感じで備えてありました
5時も近い時間でしたが、まだまだ点灯されそうにありません^^;

もうひとつの池、上の方からの撮影です

池といっても水は溝のようなところを流れているみたい^^

こちらの池は湧水を利用してあるそうですよ
この池の名は「丹字池」(たんじいけ)、真心、誠の意味が含まれているそうです
ほ?、そうなんだ、でも凡人にはよくわからない^^;

上の池は「心字池」(しんじいけ)、円満な心を願った草書体の心が形どってあるとか
う?ん、ただの丸っこい池なんですけど・・・

500本もの木が紅葉したら圧巻でしょうね
ま、いいか今年はロケハン、ロケハン^^

え、名物の大豆から出来た豆腐の田楽で客人をもてなしたんですか
後ろにあったこれがそうかな?

なんとも地味ではありますが、400年近く前にここで田楽を焼いていたとは
ちょっと焼く真似をした写真でも撮っておくべきだったか(笑)

これはどなたの歌碑?

小高い丘の裾の方へ少し足を伸ばすとふっかふかの落ち葉じゅうたん♪
落ちてずいぶんになるからでしょう、色合いはあまりよくありませんでした
おっさん何探してんの?

でも、公園の一番奥にはまだこんなきれいな紅葉があったんですよ
そしてこの木は大きかったな?^^

下は高低のある地面、誰も歩いてなく少しだけ色も残っていました

やっぱりライトアップはしないだろうと駐車場まで歩いていたら
おや、遠くのライトが点いたじゃないですか!

あ?あ、まだライトで照らされて映える時間でもないし
後30分くらい待たないとダメなんだろうな?
ということでとっと帰ることにしました
来年はいい感じの時に来れるかどうか、甚だ疑問ではありますがね^^
<用作公園>
[所在地]大分県豊後大野市朝地町上尾塚
[アクセス]地図はコチラ
豊後大野市には7つものエリアがあって見どころ満載なのに
かなりの広さもあって場所選びも難しくネットで打ち出した資料を見てため息^^;
そしてふとKIKOさんの記事を思い出し滝に行ってみることにしました
このあたりで滝といったら「東洋のナイヤガラ」と言われる「原尻の滝」ですが
目指した滝は「沈堕(ちんだ)の滝」、別名は「豊後のナイヤガラ」
いいんじゃないの、控えめで^^
国道にあった小さい案内板に沿って県道に入るとあった大きな看板やらモニュメント
そして台の上に乗ってみるとこんな光景が広がったのです
滝が二つにその間にはヘリテージが、わかりますか^^
うひょ?、思ってた以上にテンション上がりますよ?♪
ですが、マニアック?な熟年ふたりは皆が入っていく公園をすっ飛ばして
滝の上を見れないかと狭い道を車でGO!
そこで見たものは木に隠れていますが、大野川と緒方川の合流地点
とかすかに見えた滝の上^^
あっは?やっぱり無謀というものでした^^;
戻って公園の駐車場に入れ、きょろきょろ
すると1476年の室町時代に、雪舟が訪れ「鎮田瀑図」を描いたとか
ちょっと調べたら「鎮田瀑図」は関東大震災ですでに焼失しており
狩野常信による模写が現存するのみと書いてあるものが・・・
ということは、この説明にある写真はどちらのものなのでしょうか
公園から下を見ると、感じのいい石造りの壁が見えてきたんですよ
これを見た熟年ふたり、うっかり滝のことを忘れてしまいそうでした^^;
この鳥居から遊歩道に降りていきます
改めて下を覗くと、あれれ?
天女が舞ってるのかと錯覚するようなシーンが現れました
「は??なにやってんだろう」と見ていたら、もう一人現れました
小さなビデオカメラのようでしたが、何かの撮影でしょうかね
でもモデルひとり、スタッフひとりで音楽が流れています
「もしかして、○○じゃないよね?」と、らぼっち(笑)
沈堕発電所の遺構には
「明治42年4月16日竣工」「豊後電気鉄道株式会社」の文字が見えました
別府、大分間を走る電車の動力源として建設され、後に家庭用電力や産業開発にも供給されました
しかし大正12年、3km下流に新沈堕発電所が出来ると
建物はこの石造りの壁面だけを残し解体されたとのことです
音楽が止んだのでお邪魔しても大丈夫かな、と遠慮がちに下に降りてみました
え、「岡藩の船着き場跡?」
でも考えてみれば、ここは観光地
こんなところで撮影しているのもどうかと思うし、まっいいか、遺構が見たいんで^^
石壁の近くまで来ると上から見るよりはるかに素晴らしいものが♪
あ、さっきのお姉さんはどこかに消えたのか?あれは幻だったのかと思っていたら
いた!!
“羽衣”をまとっているじゃん^^
熟年が邪魔なのか、はたまたお姉さんたちが邪魔なのか
お互いけん制しつつ移動^^;
まずは外から!
そそり立つ感動ものの凛々しい雄姿です♪
中に入ってみると、これがまた明治、大正の時代にタイムスリップしたかのような空気♪
あ、例のお姉さんたちふたり、まだいた!
やっぱりお邪魔だったのかと、仕方なく滝を見に行くことに
滝がメインじゃなかったのか?(笑)
遊歩道は200mほどあるらしいですよ
その道すがら、音は大きく壮大になっていくのですが
滝の姿は、まったく見えません
ここが滝見台、おやとても簡単な造りです
上がってみると広がりましたよ、雄大なナイヤガラが^^
雄滝は高さ17m 幅93mあるそうです
二段になっているのはすぐ上流に発電所の取水用の堰が設けられたから
その後一時は堰がかさ上げされたため水量が減少して往時の景観が損なわれたようですが
平成8年、堰堤強化工事に伴い一定量の放流が行われるようになったため
かつての壮大な景観を取り戻したということです
自然と人工物とが重なった滝だったんですね^^
滝つぼは広く大きく、ちょっと吸い込まれそうな感じでした
でも、ここからでも滝は遠ーーい!
マイナスイオン浴びれないし・・・(笑)
再び発電所跡まで戻って遺構と滝と紅葉のコラボ、思いっきり逆光だけど^^
ここには「杵築社」という神社もあります
その裏に平井川の雌滝が・・・見えません^^;
雨はこのところ降ってないと思ったのですが、濁っていますね
どうしても近くで見たかったとっちんが頑張って撮ろうとしても、これが精一杯でした
ま、高所恐怖症のわりには頑張ったということで^^
公園の紅葉、上も下もきれいでした
この後、寒くなったのに道の駅きよかわで「ももソフト」を購入^^
「ももソフト」は美味しかったし
滝、発電所跡どちらもおもしろかった?、満足満足♪
かなりの広さもあって場所選びも難しくネットで打ち出した資料を見てため息^^;
そしてふとKIKOさんの記事を思い出し滝に行ってみることにしました
このあたりで滝といったら「東洋のナイヤガラ」と言われる「原尻の滝」ですが
目指した滝は「沈堕(ちんだ)の滝」、別名は「豊後のナイヤガラ」
いいんじゃないの、控えめで^^
国道にあった小さい案内板に沿って県道に入るとあった大きな看板やらモニュメント



そして台の上に乗ってみるとこんな光景が広がったのです

滝が二つにその間にはヘリテージが、わかりますか^^
うひょ?、思ってた以上にテンション上がりますよ?♪
ですが、マニアック?な熟年ふたりは皆が入っていく公園をすっ飛ばして
滝の上を見れないかと狭い道を車でGO!

そこで見たものは木に隠れていますが、大野川と緒方川の合流地点

とかすかに見えた滝の上^^

あっは?やっぱり無謀というものでした^^;
戻って公園の駐車場に入れ、きょろきょろ
すると1476年の室町時代に、雪舟が訪れ「鎮田瀑図」を描いたとか

ちょっと調べたら「鎮田瀑図」は関東大震災ですでに焼失しており
狩野常信による模写が現存するのみと書いてあるものが・・・
ということは、この説明にある写真はどちらのものなのでしょうか
公園から下を見ると、感じのいい石造りの壁が見えてきたんですよ

これを見た熟年ふたり、うっかり滝のことを忘れてしまいそうでした^^;

この鳥居から遊歩道に降りていきます

改めて下を覗くと、あれれ?
天女が舞ってるのかと錯覚するようなシーンが現れました

「は??なにやってんだろう」と見ていたら、もう一人現れました

小さなビデオカメラのようでしたが、何かの撮影でしょうかね
でもモデルひとり、スタッフひとりで音楽が流れています
「もしかして、○○じゃないよね?」と、らぼっち(笑)
沈堕発電所の遺構には
「明治42年4月16日竣工」「豊後電気鉄道株式会社」の文字が見えました

別府、大分間を走る電車の動力源として建設され、後に家庭用電力や産業開発にも供給されました
しかし大正12年、3km下流に新沈堕発電所が出来ると
建物はこの石造りの壁面だけを残し解体されたとのことです

音楽が止んだのでお邪魔しても大丈夫かな、と遠慮がちに下に降りてみました
え、「岡藩の船着き場跡?」

でも考えてみれば、ここは観光地
こんなところで撮影しているのもどうかと思うし、まっいいか、遺構が見たいんで^^
石壁の近くまで来ると上から見るよりはるかに素晴らしいものが♪

あ、さっきのお姉さんはどこかに消えたのか?あれは幻だったのかと思っていたら
いた!!

“羽衣”をまとっているじゃん^^
熟年が邪魔なのか、はたまたお姉さんたちが邪魔なのか
お互いけん制しつつ移動^^;
まずは外から!
そそり立つ感動ものの凛々しい雄姿です♪

中に入ってみると、これがまた明治、大正の時代にタイムスリップしたかのような空気♪

あ、例のお姉さんたちふたり、まだいた!
やっぱりお邪魔だったのかと、仕方なく滝を見に行くことに
滝がメインじゃなかったのか?(笑)
遊歩道は200mほどあるらしいですよ
その道すがら、音は大きく壮大になっていくのですが
滝の姿は、まったく見えません
ここが滝見台、おやとても簡単な造りです

上がってみると広がりましたよ、雄大なナイヤガラが^^

雄滝は高さ17m 幅93mあるそうです
二段になっているのはすぐ上流に発電所の取水用の堰が設けられたから
その後一時は堰がかさ上げされたため水量が減少して往時の景観が損なわれたようですが
平成8年、堰堤強化工事に伴い一定量の放流が行われるようになったため
かつての壮大な景観を取り戻したということです
自然と人工物とが重なった滝だったんですね^^
滝つぼは広く大きく、ちょっと吸い込まれそうな感じでした
でも、ここからでも滝は遠ーーい!
マイナスイオン浴びれないし・・・(笑)
再び発電所跡まで戻って遺構と滝と紅葉のコラボ、思いっきり逆光だけど^^

ここには「杵築社」という神社もあります

その裏に平井川の雌滝が・・・見えません^^;

雨はこのところ降ってないと思ったのですが、濁っていますね
どうしても近くで見たかったとっちんが頑張って撮ろうとしても、これが精一杯でした

ま、高所恐怖症のわりには頑張ったということで^^
公園の紅葉、上も下もきれいでした

この後、寒くなったのに道の駅きよかわで「ももソフト」を購入^^

「ももソフト」は美味しかったし
滝、発電所跡どちらもおもしろかった?、満足満足♪
<沈堕の滝>
[所在地]豊後大野市大野町矢田
[アクセス]地図はコチラ
今日はまっ晴れの一日でしたね♪
熟年夫婦はおなじみの手のじご夫婦のご好意により、県境を越えて
たっくさんの「素晴らしい!」と出会ってきました^^
そのお話はこの先週のお出かけネタが終わってからですよー♪
さて、普現寺での紅葉に心底感動した熟年ふたり
「この後はおまけということでどうでもいいや」と半分投げやり気味^^;
いいや、いかーん!!
せっかく遠くまで足を伸ばしたのだからどこかおもしろそうな所に行かなくちゃ!
と次に選んだのはここ^^
「虹澗橋」(こうかんきょう)です
もちろん石造アーチ橋であります
だからではなく、らぼっちがただ単に名前の響きがいいから訪れただけのこと
ですが、この橋タダモノではなかったんです^^
「虹澗橋」の通称は「柳井瀬橋」
江戸期のアーチ石橋で、県の指定有形文化財になっています
“虹澗”とは谷にかかる虹という意味だそうで
欄干もカーブしている所を見ると古人の夢がきれいなアーチに託されたことがよくわかります^^
下ノ江村の名石工井沢織平が4年の歳月をかけ文政7年(1824年)に完工
竹田と臼杵への往還最大の難所であったこの柳井瀬が渡りから橋に変わったのです
ただ、一度完成直前に崩落したらしく4年もかかったとのこと
そう思うと霊台橋の7ヶ月での完成は素晴らしく早かったわけですね
平成11年には国の指定重要文化財になっていました
ん?附石碑一基って、これかな?
なんじゃ?何も書いてないただの石に見えるけど・・・^^;
それにしてもこの虹澗橋、昭和63年まで現役だったんだそうです
たいしたもんですね
下には行けないよな?と上から恨めしく見ていたら
とっちんが狭い隙間から下に降りれる道を発見^^
おーおー、親切にもコブを作ったロープが引っ張ってあるじゃないですか♪
やっぱりみんな下から見上げてみたいですよね、「虹の橋」^^
あら、これは熔結凝灰岩?
この岩盤と橋はどうやってくっつけているんだろう?
今でこそ水の流れはたいしたことはなく、じゃぶじゃぶ歩けそうですが
熟年が見上げてみたこの橋はかすかに虹が重なって見えたような気がしました
軽い気持ちで寄ったのに素晴らしい橋に出合えた感動を引きずりつつ
もう一ヶ所の橋に向かいました
なんでも全国一位と二位の橋ということでそりゃ興味津々で^^
しかも平成10年におこなわれた調査で明らかになったらしい
へ?、どうしてそれまで分からなかったんでしょうね^^;
その橋とは「轟橋(とどろばし)」と「出合橋(であいばし)」
何が一位と二位かというと
『轟橋の径間は32.102mと26.521m、出合橋は29.3mと確認され
それまで一位とされていた熊本県三里町の霊台橋の28.4mより長いことが実証されました
もともと「轟橋」は1934年(昭和9年)に営林署の林道軌道橋として設置され
昭和36年までは木材を満載したトロッコが渡っていた』
と書いてありました
橋の近くの駐車場に車を停め、整備された階段をおります
でもすぐに栗畑になり木々の間をうねうねと歩きました
これが「轟橋」です
う?ん、確かに大きさはあって立派かもしれません
が、なぜか心躍る感動がありません^^;
あまりにも整い過ぎているからかなあ?、昭和9年だし・・・
建設当時の写真も説明板のところにありました
たいへんな工事の様子がうかがえますが、あまり響いてこないのはなぜ?
上流側の岩盤がカーブを描いているのに目がいってしまう^^;
そして渕の水の奥深い色に神秘的なものを感じたり
そういえば高さも全国一位だそうで
凛としているその様はそのプライドを誇らしげに建っているようでした
そして「出合橋」
大正14年架橋ですが、こちらにはなんとなく引かれるものが^^
それはこの石積みがあったからか
ひらがなだとちょっとロマンチックな感じがしません?
ここだけ絡まっている蔦も出合いを待っているのかな?
あ、向こうで怒ってそうなヤツがいるじゃん^^
「出合橋」から見た「轟橋」
こうやって見るとやっぱり立派ですね
ひと回りできるみたいなのでこんな道を歩いていってみました
するとすぐに「轟橋」に出ました
ああ、相当な高さですよ、バカにしちゃいけませんでした^^;
「轟橋」から見た「出合橋」
熟年はこちらの風景が好きだな♪
だいたい、江戸時代の1847年の橋と昭和時代の1934年の橋を
比較すること自体が間違っているでしょ
熊本県人としてはやっぱり霊台橋が径間日本一の石橋だと
強く思った日でもありました^^v
熟年夫婦はおなじみの手のじご夫婦のご好意により、県境を越えて
たっくさんの「素晴らしい!」と出会ってきました^^
そのお話はこの先週のお出かけネタが終わってからですよー♪
さて、普現寺での紅葉に心底感動した熟年ふたり
「この後はおまけということでどうでもいいや」と半分投げやり気味^^;
いいや、いかーん!!
せっかく遠くまで足を伸ばしたのだからどこかおもしろそうな所に行かなくちゃ!
と次に選んだのはここ^^
「虹澗橋」(こうかんきょう)です


もちろん石造アーチ橋であります
だからではなく、らぼっちがただ単に名前の響きがいいから訪れただけのこと
ですが、この橋タダモノではなかったんです^^


「虹澗橋」の通称は「柳井瀬橋」
江戸期のアーチ石橋で、県の指定有形文化財になっています
“虹澗”とは谷にかかる虹という意味だそうで
欄干もカーブしている所を見ると古人の夢がきれいなアーチに託されたことがよくわかります^^

下ノ江村の名石工井沢織平が4年の歳月をかけ文政7年(1824年)に完工
竹田と臼杵への往還最大の難所であったこの柳井瀬が渡りから橋に変わったのです
ただ、一度完成直前に崩落したらしく4年もかかったとのこと
そう思うと霊台橋の7ヶ月での完成は素晴らしく早かったわけですね
平成11年には国の指定重要文化財になっていました

ん?附石碑一基って、これかな?

なんじゃ?何も書いてないただの石に見えるけど・・・^^;
それにしてもこの虹澗橋、昭和63年まで現役だったんだそうです
たいしたもんですね

下には行けないよな?と上から恨めしく見ていたら

とっちんが狭い隙間から下に降りれる道を発見^^

おーおー、親切にもコブを作ったロープが引っ張ってあるじゃないですか♪
やっぱりみんな下から見上げてみたいですよね、「虹の橋」^^
あら、これは熔結凝灰岩?

この岩盤と橋はどうやってくっつけているんだろう?

今でこそ水の流れはたいしたことはなく、じゃぶじゃぶ歩けそうですが
熟年が見上げてみたこの橋はかすかに虹が重なって見えたような気がしました

軽い気持ちで寄ったのに素晴らしい橋に出合えた感動を引きずりつつ
もう一ヶ所の橋に向かいました
なんでも全国一位と二位の橋ということでそりゃ興味津々で^^
しかも平成10年におこなわれた調査で明らかになったらしい
へ?、どうしてそれまで分からなかったんでしょうね^^;
その橋とは「轟橋(とどろばし)」と「出合橋(であいばし)」
何が一位と二位かというと
『轟橋の径間は32.102mと26.521m、出合橋は29.3mと確認され
それまで一位とされていた熊本県三里町の霊台橋の28.4mより長いことが実証されました
もともと「轟橋」は1934年(昭和9年)に営林署の林道軌道橋として設置され
昭和36年までは木材を満載したトロッコが渡っていた』
と書いてありました
橋の近くの駐車場に車を停め、整備された階段をおります

でもすぐに栗畑になり木々の間をうねうねと歩きました
これが「轟橋」です

う?ん、確かに大きさはあって立派かもしれません
が、なぜか心躍る感動がありません^^;

あまりにも整い過ぎているからかなあ?、昭和9年だし・・・
建設当時の写真も説明板のところにありました

たいへんな工事の様子がうかがえますが、あまり響いてこないのはなぜ?
上流側の岩盤がカーブを描いているのに目がいってしまう^^;

そして渕の水の奥深い色に神秘的なものを感じたり

そういえば高さも全国一位だそうで
凛としているその様はそのプライドを誇らしげに建っているようでした
そして「出合橋」

大正14年架橋ですが、こちらにはなんとなく引かれるものが^^
それはこの石積みがあったからか

ひらがなだとちょっとロマンチックな感じがしません?

ここだけ絡まっている蔦も出合いを待っているのかな?

あ、向こうで怒ってそうなヤツがいるじゃん^^
「出合橋」から見た「轟橋」

こうやって見るとやっぱり立派ですね
ひと回りできるみたいなのでこんな道を歩いていってみました

するとすぐに「轟橋」に出ました
ああ、相当な高さですよ、バカにしちゃいけませんでした^^;
「轟橋」から見た「出合橋」

熟年はこちらの風景が好きだな♪
だいたい、江戸時代の1847年の橋と昭和時代の1934年の橋を
比較すること自体が間違っているでしょ
熊本県人としてはやっぱり霊台橋が径間日本一の石橋だと
強く思った日でもありました^^v
<虹澗橋>
[所在地]大分県豊後大野市三重町と臼杵市野津町の境
[橋長] 31.0m
[橋幅] 6.5m
[径間] 25.2m
[完成] 文政7年(1824年)
[アクセス]地図はコチラ
<轟橋>
[所在地]大分県豊後大野市清川町左右知
[橋長] 68.5m
[径間] 左:32.18m 右:26.5m
[完成] 昭和9年(1934年)
[アクセス]地図はコチラ
<出合橋>
[所在地]大分県豊後大野市清川町左右知
[橋長] 32.3m
[径間] 25.2m
[完成]文政7年(1824年)
[アクセス]地図はコチラ
さて?、今日の記事は久しぶりに地域の時事ネタです^^
昨年は新型インフルエンザの影響で中止になり
満を持して二年ぶりに復活した「第23回熊商デパート」に行ってきました
電車通りを久しぶりに歩きましたがイチョウがいい感じですね
熊商の前ではあれれそのイチョウが丸裸だ
落ち葉の掃除がたいへんだからということでしょうか^^
10時開店の30分前に到着しましたがすでにこの行列!
正門入口をふさぎかねない状況です
車もひっきりなしにグランド内へ流れていきます
10時、号砲の花火を合図にぞろぞろと入場です
熟年が真っ先に向かったのは一番奥の高校製品コーナー
一昨年は一足遅かったためほとんど売切れでしたからね^^
残念ながら今年は人気だったハムはありませんでしたが
残り少ないながらもジャム類には間に合いましたよ
熟年のおじさんおばさんはいつも思うんです
生徒はお買い上げの商品を手に取って中央の会計まで持っていくんですが
小さい買い物カゴを準備しておいたら買うほうも楽なんだけど
と一昨年も思ったのを思い出しました
でも、皆さん一生懸命ですからね
なあに注文、会計で10分くらい待たされたって、おじさんおばさんは
何も文句はいいませんよ^^
この頃には体育館は人人人で埋め尽くされているようです
他に興味を引いたのはラオス製品コーナー
面白いものがたくさん並べられていましたが
熟年が食いついたのはこの張り紙^^
古代米と言われるラオス米ですか
よし弁当が来たら買いに来るよ
やはり人が集まっているお店に惹かれるのは人間の性
ブローニュの森では「熊デパ限定 熊商ロール」50本限定なるものが
うーん、すごい吸引力に負けちゃいました^^
天使のプリンは売り切れだったのでシュークリームとともにお買い上げ♪
振り返ると、えびす屋さんもすんごい状況でした
一回りしていると、ラオス弁当が到着したようです
よく見れば大江にある「ラオスタイ料理シンカム」さんの弁当でした
はいはーい、グリーンカレー弁当を一つくださいな
二階から見下ろすグランドはこんな状況
遠い人は仕方ありませんが、車では来たくありません^^;
1階では食品コーナーが賑やかそうですよ
少し息苦しくなった熟年、降りてみましょうかね
シクラメンが色鮮やかだこと
ぶらぶらしていると、店の前でメニューを片手にセールスをする女生徒発見♪
「トロットロのチーズ揚げがほんとうに美味しいんです」と
にこやかな笑顔を交えながら、上手に商売していました^^
”あなたは将来有望です”、熟年が保証してもどうしようもないか
デパートでお買い上げの品々です
鹿本農高のジャム各種、苓洋高校のツナカレー、たこめし、ひじき佃煮♪
ラオスのヌードル^^

グリーンカレーは鶏肉や根菜類がたくさん入っててスパイシー♪
そして当然スイーツも即いただいちゃいました^^
50cmの天草ロール以来の久しぶりにロール♪
いつものように両方から攻めて完食です^^
一つ気がついたことを、二つ目か^^
パンフレットには「エコデパートを目指します」、「エコバックをご持参ください」
と書いているんですが、注文口で「袋いりますか」とどこも聞かれず
会計に持って行っては、すぐにビニール袋にいれていました
バックは持っていたんですけどね^^;
次回はもうひと工夫してほしいものです^^v
この催しは我々の年代もさることながら
おじいちゃん、おばあちゃんも多いですね
地域あげて、皆がこの行事を応援しているのがわかります
さあ、明日ももう一日、がんばろう熊商デパート!!
満を持して二年ぶりに復活した「第23回熊商デパート」に行ってきました

電車通りを久しぶりに歩きましたがイチョウがいい感じですね
熊商の前ではあれれそのイチョウが丸裸だ
落ち葉の掃除がたいへんだからということでしょうか^^


10時開店の30分前に到着しましたがすでにこの行列!
正門入口をふさぎかねない状況です
車もひっきりなしにグランド内へ流れていきます

10時、号砲の花火を合図にぞろぞろと入場です
熟年が真っ先に向かったのは一番奥の高校製品コーナー
一昨年は一足遅かったためほとんど売切れでしたからね^^

残念ながら今年は人気だったハムはありませんでしたが
残り少ないながらもジャム類には間に合いましたよ

熟年のおじさんおばさんはいつも思うんです
生徒はお買い上げの商品を手に取って中央の会計まで持っていくんですが
小さい買い物カゴを準備しておいたら買うほうも楽なんだけど
と一昨年も思ったのを思い出しました
でも、皆さん一生懸命ですからね
なあに注文、会計で10分くらい待たされたって、おじさんおばさんは
何も文句はいいませんよ^^
この頃には体育館は人人人で埋め尽くされているようです

他に興味を引いたのはラオス製品コーナー
面白いものがたくさん並べられていましたが
熟年が食いついたのはこの張り紙^^

古代米と言われるラオス米ですか
よし弁当が来たら買いに来るよ
やはり人が集まっているお店に惹かれるのは人間の性
ブローニュの森では「熊デパ限定 熊商ロール」50本限定なるものが

うーん、すごい吸引力に負けちゃいました^^
天使のプリンは売り切れだったのでシュークリームとともにお買い上げ♪
振り返ると、えびす屋さんもすんごい状況でした

一回りしていると、ラオス弁当が到着したようです
よく見れば大江にある「ラオスタイ料理シンカム」さんの弁当でした
はいはーい、グリーンカレー弁当を一つくださいな

二階から見下ろすグランドはこんな状況
遠い人は仕方ありませんが、車では来たくありません^^;

1階では食品コーナーが賑やかそうですよ
少し息苦しくなった熟年、降りてみましょうかね
シクラメンが色鮮やかだこと

ぶらぶらしていると、店の前でメニューを片手にセールスをする女生徒発見♪
「トロットロのチーズ揚げがほんとうに美味しいんです」と

にこやかな笑顔を交えながら、上手に商売していました^^
”あなたは将来有望です”、熟年が保証してもどうしようもないか
デパートでお買い上げの品々です
鹿本農高のジャム各種、苓洋高校のツナカレー、たこめし、ひじき佃煮♪

ラオスのヌードル^^

グリーンカレーは鶏肉や根菜類がたくさん入っててスパイシー♪


そして当然スイーツも即いただいちゃいました^^

50cmの天草ロール以来の久しぶりにロール♪
いつものように両方から攻めて完食です^^
一つ気がついたことを、二つ目か^^
パンフレットには「エコデパートを目指します」、「エコバックをご持参ください」
と書いているんですが、注文口で「袋いりますか」とどこも聞かれず
会計に持って行っては、すぐにビニール袋にいれていました
バックは持っていたんですけどね^^;
次回はもうひと工夫してほしいものです^^v
この催しは我々の年代もさることながら
おじいちゃん、おばあちゃんも多いですね
地域あげて、皆がこの行事を応援しているのがわかります
さあ、明日ももう一日、がんばろう熊商デパート!!
<熊商デパート>
[所在地]熊本県熊本市神水1丁目1-2
[アクセス]地図はコチラ