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七転び七起き
人生 ゆるーり がんばるくらいで ちょうどいいっしょ
自分じゃなくてよかった⁈
今日は義伯母のデイサービスの日
義伯母を見送ってから義伯母の家の掃除

それから義母を眼科に連れて行き
山口の実家までお米を貰いに高速をひとっ走り

下関ICを過ぎた辺りから反対車線にやけにパトカーが多く
何事かあったのかと思ったほど…



午後1時頃に着いた実家では兄が待ってくれていた
義姉は葬儀で留守、準備してくれていたカレーを兄といただいた

食べているうちに義姉も帰ってきて話に花が咲く
今秋は稲刈りワラ入れの手伝いにも行けず失礼しちゃったし

話も尽きない中、買い物や夕飯の準備があるので
後ろ髪を引かれながら実家を後にする



帰り、調子良く高速を飛ばしていると前方に赤色ライトが(゚o゚;;
ヤバイヤバイと後ろについたけど、これじゃまどろっこしい

中国自動車道は80キロ制限なので
どうにかやり過ごそうと90キロくらいで追い抜くことに

ところが走行車線のパトちゃんもそのくらいで走ってるじゃないの
あれれとしばらく併走する羽目に(´⊙ω⊙`)

こりゃ参るなあ、と5キロばかりスピード上げて追い抜き
2台前の走行車線に入ると、ヴェゼルの後ろの車も同様に走行車線へ

その後ろのワゴン車も同じようにするかと思っていたら
横をビューーンと追い抜いて行ってしまった

へっ?なにしてんの?まだ後ろにおるでー!
見えてるでーー!追われるでー!

ん?ん゛ー??
あれ?パトちゃん、追って行かない(・・?)

なんだ、そういうことをしないのか
そのうちワゴン車見えなくなっちゃった

そしたらパトちゃん、サイレンは鳴らさず急にスピードを上げて追いかけてった
はあ⁈今?変なタイミングだなと思いながらこっちもちょいとスピードを上げる

あ、追いついちゃった(^^;;
ワゴン車の後ろにピッタリくっついているパトちゃんだった

神妙に運転してるんだろうな、ワゴンの運転手さん
そのうちICで降りて行ったパトちゃん

その後はさほどスピードを出さずに走行していたワゴン車
これって良心的にパトロールしているってことなんだろうな(^-^;







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気分転換にならず
ひっさびさの良い天気
なので買い物がてらちょいとお出かけ



海峡を潜り



こんなとこ行って



花も見~の!



梨のサンドも食べ~の!



ちょっと変わった花も買えて気分良し♪



だったんだけど…
いつまでもそれは続かなかったんだな








初盆
今日はらぼっちと帰ってきていた長男と3人でとっちんの実家へ
母の初盆なのでお墓参りに…



今回は代々墓だけでなく昔からのお先祖様のお墓にもお参り
祖母と一緒に参っていた頃を懐かしんでいたけど、しきたりは知らなかったな

実家は2人の甥っ子家族に姪っ子とみんな揃っていた
9人もいると賑やかそのもの、さっさとお暇することにしました

帰りは昼食がてら長男に国宝の瑠璃光寺五重の塔を見せに寄り道



もちろん瑠璃光寺にもお参り
3人ともでっかいお線香に火をつけました

そして熟年の親2人はボケ封じ
長男は健康を願って水かけ地蔵さんにお参り

それにしてもどえらい暑かったわ



帰りは長男も運転
高速を降りる頃になって電光掲示板が赤く点滅、なんだろ?

え、逆走車注意????
ぎゃーーーー、怖いじゃないのこのラッシュの折に(>_<)

幸いにも逆走車には出会わず、事なきを得ました
らぼっちは爆睡です(^^;;








見送り
18日、母の葬儀の日はちょっとした嵐でした
何か言いたげだったのか…

我が家の3人の子供たちは残念ながら諸事情で来られず
三人三様の文章で電報を送って来ていました

覚悟が出来ていたのと母が病気から解放されたことで多少の安堵があったけど
3人のそれぞれの思いに思いがけずとっちんが涙を堪え切れませんでした

母方のいとこたちには数十年ぶりに会う人もいたりして
母の実家で大勢で遊んでいた子供の頃を思い出します

母は家から送って欲しいと兄に言っていたということでした
4年余りの入院生活、父と同じように家に帰りたかったのでしょう

地区の女性方が朝からお手伝いに来られていて
顔馴染みの方には個人的にお礼を言うことができました

出棺の際は地区の方々の手作りで野辺送りをしていただきました
昔は土葬の際に行なっていた儀式、幼い頃に行列を見た記憶が微かにあります

地区の男性方が忙しい中、前日から準備をしてくださっていました
田植えが終わっていて本当によかったと思った次第です

葬儀後、喪主の兄が挨拶をしてから
藁に火を灯すことから始まりました

竹で作った小さな籠に入れた紙吹雪を吹かせ
長い色紙を吊るした長さ2mくらいの竹を8本、地区の男性方が持って移動

小雨が降る中、母の棺が家から降りて3回ほど回りました
故人の魂をしずめ、穢れを祓い地域に災厄が起きないようにと…

パーキンソン病で最後は食べることができなかった母は軽いようでした
こうして皆さんに送られ家を後にしました

住職が後に「久しぶりに野辺送りを見ました、良い送り方でしたね」
そう仰ってくださいました

母もきっとお世話になった皆さんに感謝していることと思います
ありがとうございました



そうそう、母が亡くなった後に初めて聞く話がありました

母方の祖父が教員だったこと

家を継いだすぐ上の兄(伯父)と話せるようにと農家に嫁がせられたこと
(7人兄弟の上3人が教員だったので)

結婚前に父が母に送った手紙が8通見つかったこと

父とのデートで「ローマの休日」を観たらしいこと


母が大事にしまっていた父の手紙
誰も読んでいないけどその手紙を胸に今頃父に会っていたらいいな




別れ
とうとう来るべき時が来てしまいました
母との別れ、覚悟は出来ていましたが…

先週の月曜日には会話にはならなかったけど
どうにか目を開いて話を聞き頷いてくれていました

火曜日、病院に寄った時には意識もなくて
身体中が低体温に陥りどこもかしこも冷たくなって驚きました

最後には間に合わないだろうと思い
その時に声をかけ別れを告げていました

「もうこれ以上頑張らなくていいよ」
「長い間お疲れ様でした」

その日は父の祥月命日でした
ひとりお墓参りをして父を思い出していました

父も呼んでいたのかもしれません
次の日の15日、1日違いで母は旅立ちました

いろいろ心配かけるばかりで
何の孝行も出来ずごめんなさい

人のことが優先で自分のことが後回し
愚痴も言わず、辛抱強く働いたお母ちゃん

今までありがとう








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